プーチンのウクライナ侵攻の「大義」は、
「ロシアとウクライナは元来一体であった」→「ウクライナはロシアの一部だ」
というものである。
かつてあの一帯にはキエフ公国(9世紀~13世紀)というものがあり、そこからロシアとウクライナが(ついでに言うならベラルーシも)分化した。その歴史を指しているらしい。
だがもちろん、この主張には論理的な矛盾がある。
2つのものがかつて一体であった、ということと、その一方が他方の一部であるということは、少しも同じではない。
ウクライナはキエフ公国の一部ではあったが、ロシアの一部であったわけではない。
ロシアもまたウクライナ同様、キエフ公国の一部であったにすぎない。
ただその領域が広いというだけで、対等な2つの部分集合なのだから、両者の間に主従や併呑の関係が、あるべくもないのである。
だがしかし、プーチンの論理の誤謬を、あながち笑うことはできない。
その頭の中にあるのは、小さいものは大きいものに従属する、大きいものの一部である、という思い込みだ。
それは人間たちの目を、たえずくらまし続けた錯覚だった。
太陽と地球は、同じ太陽系の一部なのだから、地球は太陽の家来なのだ――という得体の知れない論法と、結局は同じものなのだ。
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先日中国の駐仏大使の発言が、物議をかもした。注
旧ソビエトから独立した、ウクライナのような国々について、「主権国家であることを定めた国際的な合意はない」と言い放ったのだ。
つまりは国際社会は旧ソビエト連邦を、主権国家として認知していたのであって、その構成国は地方自治体レベルの存在だった。ソビエト連邦消滅後も、その認識に変化はない、というわけだ。
もちろんこの主張もまた、前述のプーチンの論理と同じ、誤謬を犯している。
ウクライナがソ連の一部にすぎないと言うなら、ロシアもまたそうだった。
ロシアはソ連の最大の構成国であったが、ソ連そのものではない。どんなに広大な領土を持とうとも、あくまでその部分集合にすぎない。
部分には主権がない、というのなら、今のロシアもまた主権国家としては、認められないことになる。
つまりはプーチンを擁護しようとした中国が、かえって墓穴を掘ってしまったわけだ。
ウクライナはソ連の一部ではあったが、ロシアの一部だったわけではない。
そんな当たり前の事実を見失わせるものは、ここでもまた大きいものには、ついつい特権的な地位を認めてしまう思考の習性だ。
台湾は本土の一部である、と言いなす中華帝国主義。漢民族は世界の中心だ、と思いあがった華夷思想と、根はすべて同じものなのだ。――
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小さいものは大きいものの一部である、と考える、ぬぐいがたく染みついた思考の悪癖――
確かに同じような論法を、どこかで聞いたことがある。
太陽と地球は、同じ太陽系の一部なのだから、地球は太陽の家来なのだ。
地球が太陽の周りを、回っているはずだ。回るべきだと思い込む、地動説の論法だ。
そんな理屈が間違っていることは、かつてすでに、ここで(注)述べた通りだ。
要約するなら、
1.太陽を中心に座標を取ってとらえれば、地球が太陽を回って見える。
2.地球が中心の座標を取れば、太陽が地球を回ると認識される。
3.第三の地点に座標を取れば、太陽と地球はその共通の重心の周りを、それぞれに円運動する、と叙述される。
それが事態の、すべてである。
大きいものか、小さいものかは関係がない。恒星だろうと、惑星だろうと区別はない。
2つは同じ太陽系を――それを言うなら同じ宇宙を構成する等価の天体であって、両者の間にはいささかの主従の関係もないのだ。
洋の東西の、あの出来損ないの覇王たちは、この日本の賢者の言に、一度謙虚に耳を傾けるべき
であろう。
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