アホ学生は永遠に輪廻する――某歯科大学の場合

 医歯薬系の私立大学の場合、卒業後に受験する国家試験の合格率が、経営のすべてである。
 その数字を上げるためなら、ないしは死守するためなら、文字通りどんなことでもする。
 それはここで、述べた通りだ。

 合格率は合格者数を、受験者数で割ったものだから、見かけの数字を上げるためには、受験者数を減らすのが手っ取り早い。合格しそうもない学生は、受験させなければいいだけの話なのだ。
 そのために出来の悪い、見込みのない生徒は卒業させない。いや、それ以前に一年次、二年次の段階から、進級させずにふるいにかける。中には学生の半分が留年、なんて場合もある。

 それもただの留年ではない。
 多くの私立医歯大では、「同一学年の在籍は連続2回まで」という制限を設けている。同じ学年で、進級試験を2年続けてしくじれば、放校処分となる。
 まあ、厄介払いというわけだ。

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 だが最近、ある歯科大が、さらなる名案を思い付いた。

 「同一学年2回まで」の鉄則は曲げない。だが放校が決定した学生を呼び出して、ひそかにこうささやくのだ。
「残念ながら、退学処分は譲れません」「しかしいったん学校をやめた後、もう一度当大学を再受験して、一年次からやり直すことは可能ですよ」「その場合は優先合格枠として、入学試験は免除して差し上げます」

 たとえばその大学の二年生が、三年に進む進級試験を、しくじったとする。
 留年してもう一度、二年生を繰り返す。翌年再挑戦するわけだが、今度も合格できなければ、もう「次」はない。黙って放校処分を受け入れるしかない。
 だがその同じ生徒が、もう一度その大学を受験するならかまわない、というのだ。合格は保証されていて、もう一度一年生からやり直すことができる。
 もう「留年」はできないが、学年を2つ降りて、ゼロからスタートすることはできるのだ。

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 そんな抜け道を設けて、大学にとって、何の得があるのかって? 
 実は学生の留年のデータは、文科省に報告の義務がある。
 大量の学生を、何年も留年させれば、その数字が膨れ上がる。当然指導の不備を、問題視されることにある。マスコミに漏れでもしたら、それこそ大学の評判に致命傷となる。
 だからこそ「同一学年2回まで 」の、ルールを作っているのだ。

 一方退学した学生が再受験しても、何の痕跡も残らない。いなかったことになった学生のデータなんて、永遠にこの世から消えてなくなるのだ。
 知っているのは当人と、大学当局だけだ。だから何の数字も毀損することなく、――どこからも後ろ指さされることもなく、学生を一人確保できるわけだ。

 学生数の確保――重要なのは、その点である。
 二流の歯科大学なんて、今では志願者が集まらず、ほとんどが定員割れの赤字経営なのだ。
 退学した学生が、新入生に化けて再入学してくれれば、欠員が埋まる。

 入学試験は免除らしいが、入学金はどうなのか。寡聞にして知らないが、たとえそこまでは、踏んだくらなくてもよい。
 授業料やら施設費やら実習費やら、何のかんのの名目で、初年度一人一千万近い金が納入される。その結果、経営の安定に、大いに寄与することとなる。
 何のことはない。すべては実に巧妙なトリックを用いた「留年商法」、「再入学商法」なのだ。

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 退学処分は免れないが、いったん学校をやめた後、再入学することはできる――藁にもすがる思いの学生は、もちろんこの話に飛びつく。
 かくして晴れて、再び新入生フレッシュマンに姿を変えた学生には、洋々たる未来が待ち受けている?
 けっしてそうはならないことは、ここで述べた通りだ。

 何しろこの学生には、もともと学習能力というものが、欠落している。だから何回同じカリキュラムを履修しようが、結果は同じなのだ。 
 再入学した今度もまた、3年生に進むあたりで、進級試験に引っかかる。一回しか留年は許されずに、またまた放校処分となって、再入学を勧められる。そしてまた、……
 そのたびに多額の納入金が懐に収まるのだから、大学は笑いが止まらないわけだ。

 かくして堂々巡りの循環が、無限に繰り返される。
 留年で死んだはずの学生が、何度も何度も、新入生となってよみがえる。生まれ変わる。
 これを専門用語では、アホ学生の永劫輪廻と呼ぶ(笑)

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 自分はただ、大学に食い物にされているだけだ――そのことにさすがに気づいて、いよいよ断念するまでに、一体あと何年かかるのだろう。そのときには学生は、一体何歳になっているのだろう?

 いずれにしても、そのときが来るまで、因果の糸車は巡り続ける。

 ちょうどコインランドリーの、洗濯機に放り込まれた汚れた下着が、ピーと音が鳴るまでそのはてしない回転運動を、けっしてやめることがないように。――

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