医学部入試差別問題の見えない背景(2)

 (話は前回から続く)

 もしも世論の風圧に負けて、大学が浪人排除を完全にやめたとしたら、一体どうなるのか?

 私立医大に現役で合格するのは、ほとんど不可能になる。よほどの秀才でないかぎり、自分より5年も10年も余分に勉強した浪人生に、太刀打ちするのはむずかしいからだ。
 多浪化が一気に進む。どんなに学習能力が劣ろうとも、1年勉強すれば総合点で10点は上積みできる。5年なら50点、10年なら100点という目算だ。――そう考えれば、もう今年で諦めよう、という発想は出てこない。
 あと1年、あと1年と、合格するまで意地でも、浪人期間を引き延ばしていく。

 ちなみに私立医大を受験する生徒の、ほとんどは医者の子弟だ。
 金持ちだから、何年浪人させようが、経済的な問題はない。
 加えていくら資金ををつぎ込んでも、医者になりさえしてしまえば元はすぐに取り返せるから、親の方も浪人を後押ししてくる。

 自分だけが多浪作戦を取るのなら、すぐにも合格に手が届く。
 だが受験は、相手があっての戦いである。もしも全員が、同じような持久戦法を取ったら、どんなにおそろしい展開が待ち受けているか。
 そうなのだ。相手が5年で50点上積みするなら、自分はさらにその上を行こう。6年で60点の上積みだ。
 相手が10年で100点上積みするなら、自分はさらにその上を――という風に全員が考えたら、もはや際限がない。
 どろ沼の、引き延ばし合戦が始まる。互いに相手が音を上げてあきらめるまで、永遠の籠城戦が続くのだ。 

     *

 どろ沼の引き延ばし合戦――

 デスマッチを生き残った最後の一人は、浪人生活を10年頑張って、耐え抜いた30間近の受験生だ。
 全然フレッシュじゃないフレッシュマンが、大学の門をくぐる。
 今やついに、彼には洋々たる前途が待ち構えている? 明るい未来が、期待できる?――なんてことは、絶対に起こらない。

 何しろそいつには、学習能力が欠けている。当然医学部の、カリキュラムにはついていけない。
 6年後の国試には、もちろん合格できない。だがそれ以前に、同じくらい厳しい関門がいくつも待ち構えている。
 1年から2年への進級試験。2年から3年への進級試験……そのたびにふるいにかけられて、留年させられ、退学させられ――大学を追放される運命なのだ。
 そこで起こるであろう事態については、すでにここで述べたので、詳細は参照されたい。

 いわゆる「ダレトク」である。
 正論なのはわかるが、そんなことをして「誰が得をするの?」というわけだ。
 いや、たった一人だけ、間違えなく得をするやつがいる。医系予備校の経営者だ。
 なにしろこれまでは平均2、3年の在籍だった生徒たちが、デスマッチの長期化のために、ゆうに5年6年と、授業料を納めてくれることになるのだ。
 笑いが止まらない、というのはまさにこのことであろう。

     *

 もしも世論の風圧に負けて、大学が浪人排除を完全にやめたとしたら、――

 だが実際には、そのようなことは多分起こらない。起こさないような抜け道が、ちゃんと用意されているからだ。
 私大医学部受験には、面接試験が必ずもうけられている。医師としての適性を対面で判断する、というような建前で。
 場合によっては面接に、1教科分くらいの大きな配点を、当てている大学もあるのだ。

 確かに多浪だからといって、もうこれまでのように、筆記試験の点数を直接操作することはできない。
 でも面接試験なら、やりたい放題だ。その気になれば、なんだかんだとイチャモンをつけて、減点してしまうことができるのだ。
 もちろん今や世間の目が光っているから、あまり露骨なやり方はできない。
 浪人生の合格比率が、これまでも少しも変わらない、というのではすぐに怪しまれてしまう。それではもう誰も、許してはくれない。
 まあ浪人生が、今より2割増しになる程度の絶妙のさじ加減で、調整していくんじゃないの。
 その辺が落としどころ、それで手を打ちましょう、というわけだ。

 ちまたでは昔からよくある、いつものやり口さ。
 それでいいんじゃないの。「それで誰が損するの?」というわけだ。
 もっとも、当てが外れて大儲けしそこなった、医系予備校の経営者だけは、地団駄踏んでくやしがるにちがいないけれど。――

   *

(話は次回に続く)

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