裏口入学の悲惨な実態

 裏口入学の話をしよう。
 昔、私立の医学部か何かで、カネとコネに物を言わせて、入学をごり押ししたあれである。

 自分たちだけいい思いしやがって、けしからん、と思うだろう。
 それが当人たちは、必ずしもそうではないんだ。けしからんのは確かだが、いい思いかどうかは、あくまで時と場合による。

 それはそうだろう。
 忘れちゃいけない。医学部に入ったからといって、必ず医者になれるわけではない。
 6年後に待ち構えている、国試(医師国家試験)に合格しなければ、免許はもらえないのだ。

 そもそも裏口を使うような学生は、学習能力に問題がある。平たく言えばバカである。
 知能面で欠損があれば、どんなに頑張ったって、まず国試合格にはたどり着かない。 
 ぎりぎり点数が足りないのを、裏で救ってもらった、というレベルの生徒なら何とかなる。だが底なしの成績で、ねじ込んで来たような連中は、ドロップアウト確実なのだ。

 億に近い金をつぎ込んで、医学部に入ったはいいが、それっきりなれずじまい。それでは目も当てられない。
 愚かで身勝手な親バカとは思うが、ある意味ではかわいそうな、被害者でもある。特に親のいいなりに動いてきて、放り出された子供の方はね。

 本当の悪党は、大学の方だ。
 さも医者になれますというような幻想を抱かせて、裏口で大枚をせしめておいて、それっきりというのだから、完全に詐欺行為なのだ。

     *

 私立医大と言えば実質、国試対策の予備校である。
 その成績が悪ければ、生徒は集まらない。毎年発表される、大学ごとの国試合格率が経営を左右する。

 合格率を上げるには、どうしたらよいか。大学はそればかりに腐心している。
 優秀な生徒を熱心に指導する? もちろんそれも結構だ。出来の悪い生徒も、徹底的にシゴキまくる? その程度で受かれば苦労しない。
 もっとも即効性のある対策は、全然そんなところにはない。
 合格率を求める数式を見てごらん。合格者数/受験者数だ。ということは、分母を小さくすればいい。
 合格の見込みのない学生は、初めから受験させなければいいだけの話である。

 どこの大学もそのための、万全なシステムを構築している。
 見込みのない生徒は、教えていればわかる。顔を見ただけでもわかるが、定期試験の成績が、判断の客観的な裏付けになる。
 学年末の成績で、合格基準に達しなければ当然留年となる。だが「同一学年の履修は2回まで」という規定を設けているから、次の年も不合格なら退学だ。放校処分となるわけだ。
 この制度があるおかげで、合格率を下げるような厄介者ははいさようなら、お払い箱にできるわけだ。

 発表された合格率を見ると、あまり評判のよろしくない私立大学でも、8割9割という数字を叩き出している。それを見てなんだ大丈夫だ、結構みんな受かるんだ、と錯覚してはいけない。
 あくまでも受かるのは、受験させてもらえた学生の中の「大半」なのであって、その数字の陰には死屍累々の討ち死にの犠牲者が隠れている。

 見かけの数字を鵜呑みにして、大学のレベルを判定してはいけない。
 余談になるが、天下の東大の医学部は、笑ってしまうほど合格率が低い。
 あいつらは生まれてこの方、ペーパー試験で落ちたことのない連中ばかりなので、今度もどうせ大丈夫だろうと何の対策もせずに、手ぶらで試験に臨んだりする。さすがにそれで受かるほど、国試は甘くない。
 そんな過信が招いたのがあの数字であって、言うまでもなく大学のレベルを、表しているわけではないのだ。
 ちゃんとデータの裏まで、見なくちゃいけないということさ。

     *

 学年ごとの進級試験で、不合格なら留年となる。同じ学年を2回しくじれば、放校処分となる。――
 もちろん一般の学生なら、それでかまわない。本人の不勉強が原因で、単位を落としたわけだから、自業自得だろう。厳しく律しておくのもいい。

 だが裏口で入った学生の場合は、必ずしもそうではない。
 何しろ入学試験の段階で、3割程度の得点の生徒まで、無理くり押し込んでいるのだ。最初から学習能力がないことは、わかった上でのことなのだ。
 もちろん遊びほうけたこともあるのだろうが、たとえ目一杯頑張ったところで、カリキュラムをこなせる道理はない。

 最初から無理だとわかっている学生を、「努力次第」とかいう甘言で、裏金欲しさに入学させる。確信犯だ。そしてその数年後には、手のひらを返す。
「ご子息には入学の際にはチャンスを与えましたが、残念ながら本人の努力不足で、チャンスを活かしていただくことができませんでした」
 そんなもっともらしい、建前の口上で引導を渡す。
 だが大学の本音は、そんなものではない。こんな低能な連中にいつまでも居座られては、大学の評判にかかわる。所詮こいつらはただの金づる、入学時に裏金さえせしめれば、あとは用なしなのだ。

 もちろん今回も、親たちは必死に札束を積み上げる。だがもはや、酌量などしてくれない。温情のかけらもない、冷酷非情なシステムを突き付けられる。
 内容が内容だけに、訴えて出るわけにもいかない。泣くに泣けない、泣き寝入りなのだ。

     *

 それが悪徳大学のやり口だ。
 本当に、これがペテンでなくて、一体何がペテンだろう?

 かつての私の教え子も、ものの見事にこの罠にはまってしまった。
 彼女の場合、予備校で4年浪人したあとで、正規合格をあきらめて裏口に頼った。
 入学できたはいいが、早速2年次への進級試験が通らない。結局一年生を2回やったきりで、退学処分になってしまった。

 どれだけの金を、どぶに捨てたろう。
 医学部進学の予備校なんていうのは、とんでもない授業料をぼったくる。年間500万なんていうのはざらにある。
 その上地方出身で、マンションを借りて通っていたから、合わせれば4年の浪人生活だけで3000万は使ったろう。
 私立医大は正規で入っても、高額な入学金と授業料に加えて、寄付金までふんだくられる。その上、いくらになるかもわからない、途方もない裏金を積んだわけだ。
 まあ、少なく見積もっても、合わせて1.5億は吹っ飛んだだろうな。

 だが本当の問題は、金ではない。
 18才から25才までの青春の時間は、まったく無意義に空費され、医学部1年中退の肩書だけが残る。
 何の能力も、技量もない。これが高卒で働いていれば、世間にもまれて経験も積んだろう。知恵もつけただろう。
 だが今は、それすら空っぽの女の子が、もはや女の子とは呼べない年齢になって、たった一人で世の中におっぼり出されるのだ。
 その後の彼女の消息は知らないが、あまりにも哀れな仕打ちだろう。

 大学もあくどいが、親も親なのだ。
 自分の娘の適性ぐらい、一目でわかるだろうに、早々に見切りをつけるべきだったんだ。
 資質もないのに何が何でも無理やりに、医者に仕立て上げようとするから、こんなみじめな結末になる。
 人の心をもてあそぶのも、いい加減にしろといいたくなる。

 教え子なので情が移ったのかも知れないが、性格のとてもいい、かわいい子だったんだ。
 何とかしてあげたかったねえ。
 まあもっとも、性格がいいだけで、学習能力ゼロの人間に医者になられては、患者の方はたまったものではないのだが。――

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