医学部入試差別問題の見えない背景(3)

 (話は前回から続く)

 ちなみに、これも蒸し返すようだけど、女子差別の方はどうだろう?

 女子受験生に対しても、きわめて不利な合格判定が行われていた――その背景は、一体どうなっているのか?

 この件については、世間様は完全に誤解している。この措置はけっして、いわゆる性差別に基づくものではない。
 女の方が男より劣っているとか、女は家庭にこもっているべきだとか、そういう偏見から来ているわけではないのだ。

     *

 種明かしは、こうである。

 私立医大には必ず、附属病院がある。
 大学の卒業生は、国試に合格して医師資格を取った後、当分そこで勤務することになる。
 だとしたら大学の入学試験は、同時に附属病院の採用試験も兼ねているのだ。

 医師不足の折、附属病院は猫の手を借りたいくらい忙しい。一杯一杯の、ぎりぎりの人員で、回しているのが現状だ。
 さて、そこで女性医師である。
 彼女たちにはどうしても、産休育休がつきまとう。離職率も高くなりがちだ。そうして欠員が出た場合の穴埋めが、なかなか困難なのだ。
 他の職種と違い、募集すればすぐに代わりが見つかる、というわけにはいかない。どうしても現有のスタッフでやりくりするとなると、ただでさえ過重な勤務に、無理が生じるわけだ。

 もちろん一人分くらいなら、何とかごまかせる。
 だがこれが、女性医師の比率がどんどん上がって、同時に複数の穴が開くような事態になれば、どうにも立ち行かなくなる。
 大学が女性医師の採用を――女子受験生の合格を、抑制しようとするのはこれゆえなのだ。

 もちろんそんな大学病院の状況を、よしとするつもりはない。大いに改善の余地はあるのだろう。
 だがそれはどちらかと言えば、労働問題の範疇であって、女性を卑とするという意味での性差別ではない。
 それをジェンダーの問題としてとらえたとしても、少なくとも入試段階での差別と言うのには、たぶん無理がある。

     *

 むしろ問題は、すべてが隠密裡に行われたことにある。
 表向きは性別不問、年齢不問で生徒募集をしておきながら、裏でこっそりと排除の作業を進めていた。
 そんなやり方があまりにも薄汚く、卑劣だったのだ。

 建前だけは立派に取り繕って、大人の事情とばかりに、陰で画策する。きれいごとを並べて、現実はまったく裏腹だ。
 それはけっして、今の事案だけではない。日本社会に広く巣くった「いつものやり口」だ。
 そんな陰湿なシステムが、きまって事態を悪化させるのだ。 

 これがもし、堂々と募集要項に明記していたなら、結果は違ったかもしれない。
 たとえば、大学の種類は違うが、防衛大学校の場合を見てみよう。自衛官の幹部候補生を、育成する学校である。その学生募集要項は、
 21才未満 (男子)約190名 (女子)約35名  
となっている。(一般採用試験:理工学専攻の場合)

 女と老人ばかりの軍隊にするわけにはいかない、という強い意志が、感じられる文面である。
 これだって、見ようによってはジェンダー差別、年齢差別と受け取れないことはないはずだ。しかしあの口うるさいフェミニストたちからさえ、抗議の声が上がったのを聞いたことがない。
 もちろん兵隊に行って死ぬのは、男に任せておけばいい、ということなのかもしれない(笑)
 だがすべてを公に明示することで、組織の事情が勘案される、ということもあるのだろう。

 私立医大だって、もし堂々と募集要項に明記していたなら、――否。それでも確かに、反発はあったろう。
 だが少なくとも、あれほどまでに大量の犠牲者を、生むことはなかったはずだ。
 大量の犠牲者。
 そうだった。公平な評価を信じて、何年も頑張り続けた受験生たち。
 夢の実現のために、注ぎ込んだ青春の時間。不合格は自分の努力不足と、鞭打った自責の念。
 汗と涙の努力――その最後の最後に、すべてが茶番だったと知らされた。裏切られた彼女たちの、心の傷はいかばかりだったろう。

 今回の裁判で争われたのも、まさにそのことなのだ。

(注)2022年9月9日、東京医科大に対して、27人の女子受験生について計1800万円の賠償を命じる地裁判決が出た。
 他大学についての裁判も、おおむね昨年までに終了している。

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