そもそも国葬には値しない

 昨今の国葬に関して、某女子がこう主張したそうである。
 天皇陛下の場合、大喪(どうか「たいそう」と発音してください)の礼が行われるのに、選挙で選ばれた首相が国葬されないのはおかしい、と。

 とんでもない勘違いである。
 現行憲法では天皇は「日本国民統合の象徴 」なのだから、もちろん国葬が行われるは当然である。
 だが選挙で選ばれた政治家は、言い換えれば「たかだか選挙でしか選ばれていない」のだ。

 例えば2人の候補のうち、どちらかを大統領に選ぶ、という場合を考えてみよう。
 もし片方が51パーセントの票を得れば、その候補が当選となる。残りの49パーセントからは――おおざっぱに言って半数の国民からはそっぽを向かれていても、その日から国民全体の代表のような顔をして、国を治めることを始めるのだ。

 それが多数決の民主政治の、おおまかなモデルである。
 だとしたら、日本にしてもまたしかり。
 私の記憶が正しければ、安倍氏のもとで行われたすべての選挙で、自民党の得票率は40パーセントに満たない。その内閣支持率も、大きく上下はあったが、平均すれば50パーセント台程度だったのではないか。

 安倍氏個人の毀誉褒貶を論じているわけではない。
 そもそもそのような選挙制度で選ばれた政治家は、国葬には値しない。国民の大多数の敬愛を前提とする国葬には、そもそもなじまないのだ。

 彼らは天皇の場合と異なり、けっして「日本国民の統合の象徴」などではないのだから。

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