(話は前回から続く)
本音と建前は違う。
暴言と思しき杉田水脈の発言も、実は自民党多数派の本音だった。
言いたくてもとても言えない自分たちの心情を、代わりにぶちまけてくれる杉田のような存在は、いつでも必要なのだ。
だがら建前では叱責し、批判してみせても、けっして致命的な断罪はしない。
だがしかし、そんな本音と建前の使い分けは、自民党ばかりの話ではない。
もっとより広い、世論全般にも同じように当てはまるのだ。
*
2016年のアメリカ大統領選において、世論調査に基づく事前の結果予想は、ヒラリー・クリントンの圧勝であった。
当選確率は、7割~9割とはじき出されていた。結果はご存じの通りだ。
このありえないほどの誤算は、どのように生じたのか?
その最大の原因は、調査が有権者の建前と本音を、見誤ったことにある。
Googleでidiot(ばか)と検索すると、トランプの画像が出てくる――という有名な話があるが、当時のドナルド・トランプは、おおむねそのような存在と見なされていた。
ただ選挙戦を盛り上げるためだけに、登場したピエロのような、泡沫候補でしかなかった。
その人柄も主張も、知的水準の高いワシントンのエリート層から見れば、噴飯ものであった。
主要メディアもまた、論外の人物として、初めからまともに相手にしていなかったのだ。
だがしかし、少なくともラストベルトの白人労働者層にとっては、そのような人物のそのような主張こそが、まさに待ち望まれたものだった。
鬱屈した彼らの本音を、代弁してくれる暴言野郎の出現に、心中喝采を送ってた。
ご承知の通り、蓋を開けてみれば国民の半数は、隠れトランプ支持者だったのだ。
「隠れトランプ」――そうだった。彼らはけっして、そのことを口外しなかった。
それはそうだろう。
トランプは「ばか」だとされている世間で、トランプ支持だと言明すれば。自らもたちまち「ばか」であると見なされて、失笑を買うだけだ。
インタビューのマイクを突き付けられても、けっしてそうは答えない。無記名の世論調査だって、わざわざ回答なんかしやしない。
それでも選挙となれば、話は別だ。自分たちの「本音」に、堂々と胸を張って投票したわけだ。
そんな本音と建前の使い分けに、みんな見事にだまされてしまった。
もちろんトランプなんて、でたらめだ。その言動は、すべて正しくない。
だがしかし、そうして何が正しいか議論している時点で、旧来のエリート政治は敗北していた。
大衆のもっとドロドロとした真情を、くみ取ることに失敗したのだ。
だってそんな啓蒙主義の、理智的なインテリども――トランプ的なものを無教養と揶揄する、いちいち癇に障る鼻持ちならない態度――それこそが国民の半数から、NOを突き付けられたものだったのだから。
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わが国日本でも、事情は同じかもしれない。
もし世論調査をすれば、LGBTの人権を守れ、と答えるだろう。同性婚を容認する、意見が多いだろう。
自分が偏見のある、心の狭い人物だと、世間に思われたくはない。というよりも自分自身が、そうであると認めたくはない。
でももしも現実に、自分の家の隣にホモのカップルが引っ越して来たら、本当に心から歓迎するのだろうか?
嫌悪感とは言わないまでも、耐えがたいほどの違和感を、感じはしないだろうか?
杉田水脈や荒井勝喜元の発言を、マスメディアと同調して批判しながらも、心のどこかに頷いている部分はないだろうか?
立憲民主党は、まっさきにそのマニフェストで、LGBT差別の解消と同性婚の実現を謳った。対する自民党は、ご存じの通りの体たらくである。
もし国民の気持ちが、本当に世論調査の通りであるなら。
自民の態度に業を煮やした彼らが、次の選挙では立憲民主を、第一党に選びそうなものだ。だがもちろん、だぶんそうはならない。やっぱり自民が政権を取るだろう。
つまりは建前と、本音とは違う。
同性婚なんてものは、猛反対はしないまでも、誰も真剣に望んじゃあいないのである。
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男女の議員数は、同等であるべきだ。もし聞かれれば、誰もがそう答える。
それが世の中の趨勢だから、自分も合わせようとする。
そう答えなければ、――そう考えなければ、時代遅れの固陋な人間ということになってしまう。
だがそれは、本当に単なる建前ではない、心の底からの国民の本音なのだろうか?
ここで例の、背理法が作動する。
もし国民の――いや百歩譲って女性の全員が、本当に男女同数を望んでいたとしたら。
有権者の半数を占める彼女たちは、こぞって女性の候補者に投票するはずだ。
当然全員トップ当選して、国会議員は女性だらけにならなくてはならない。
だが現実には、全然そうはなっていない。
ということは?
男女同数なんて声高に主張しているのは、口やかましいフェミニストだけだ。「サイレントマジョリティー」の、気持ちは違う。
女性の大多数は、ただ表では賛同しているだけで、誰もそんなこと本気で翹望してはいないのだ。
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もちろんそれは、彼らが愚かだからだ。
だが国民の――人類の大多数を占めているのはそんな彼らであり、彼らの思いにこたえるのが民主主義なはずだ。
頭でっかちの理想主義のエリートが、勝手に国を牛耳っていいわけではない。
無学ではあっても、毎日まじめにこつこつと、誠実に生きてきた大衆たち。そんな彼らの力の前に――本音の前に、跪かなければならないのは、むしろお前らの方なのだ。……
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