インチキ予備校はもう改心したか? 

「授業をしない〇〇塾」という広告を、最近ときどき見かける。

 それを見て思い出した。
 かれこれ20年近く前だと思うが、私立医科大を目指す浪人生の、家庭教師をしたことがあった。
 なんでも、それまで通っていた予備校に愛想をつかして、秋から家庭教師に切り替えたと言う。

 少人数制の医系予備校なのだが、その指導方針が「授業をしない」だったのだ。

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 もちろん教科ごとに時間を割り振った、「時間割」はふつうに存在する。
 時間割に従って、生徒を教室に集める。教卓には先生もいる。
 だが授業はやらない。その時間中ずっと、生徒に自習をさせておくのだ。

 それぞれの教科には、定番の参考書というものがある。
 たとえば物理なら『前田の物理』なる名著があった(現在は絶版らしい)。そんな市販の解説書を生徒にあてがって、ひたすら読み込ませる。

 「先生」はただ教室の前で、監督をしている。生徒がちゃんと集中しているか、居眠りをしている者はいないか、と怖い顔をして見張っているのだ。

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 そんなポリシー自体は、理解できないわけではない。
 先生の講釈を、ただぼんやり聞き流しているだけの勉強よりも、参考書を自主的に紐解いた方がいい。その方がずっと自分のペースで、実になる学習ができる。
 患者を薬漬けにする西洋医学よりも、患者自身の自然治癒力を引き出す、漢方の方がいい。それと同じことだ。
 学力不足を病気にたとえるなら(笑)、そんな考えもありかなと思う。

 だが問題は、そのやり方だ。
 普通なら、こう思うだろう。
 先生はきっと、自習の時間にも生徒の間を回って、各自に適切なアドバイスを授ける。
 少なくとも、つまずいている生徒の質問を受けて、懇切丁寧に解説をするはずだ、と。
 
 ところがここでは、そんなことは何もしない。
 それどころか、「質問は禁止」だという。その言い分はこうだ。
 生徒が今取り組んでいるのは、定評のある参考書だ。なぜ評判かと言うと、よくできていて、わかりやすいからだ。
 それがわからないというのは、まだ読み方が足りないからだ。「読書百遍、意自ずから通ず」と言うように、わかるまで何度でも読み直して、自分の力で理解するのが本当の勉強なのだ、と。

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 おっしゃることは、ごもっともである。だがここで、一つ素朴な疑問が生じる。
 そうして市販の参考書を買わせて、ひたすら読み込むだけの勉強なら、自宅ででもできる。だとしたら、予備校は一体何のためにあるんだ?
 医系予備校と称して、400万円近い年間授業料を払わせる。その金額の、根拠は何なんだ。それは一体、何の代価なんだ?

 そのうえ、もうおわかりだろう。
 教室の前に座っている「先生」なるものは、本当の先生ではない。
 つまりは教科の専門知識を持ち合わせて、生徒を導くことのできる、受験のプロではない。
 「質問は禁止」なのは、質問されても何も答えられないからだ。ボロが出てしまうからだ。

 ただ生徒の自習を見張っているだけの、番犬のようなものだから、学力なんていらない。
 街にいるその辺のおっさんの中から、なるたけ怖い顔したのを連れてきて、雇っただけの話だ。専門職ではないから当然、最低時給だ。
 そうして必要経費を、極限まで安く済ませて。看板だけは医系予備校と称して、高額授業料をぼったくる。その差額はまるまる、経営者の懐におさまる。
 悪知恵もここに極まれり。とんでもない詐欺ビジネスなのだ。

     *

 悪徳予備校の名前は、そのときに聞いた。
 やはり「○○塾」と言っていたような気がする。今宣伝している予備校と、同じ名前である。

 もちろん20年も前のことだから、記憶はあいまいだ。自分の勘違いかもしれない。
 万が一、本当に同一の組織だとしても、システムはとっくに変えているだろう。もっと真っ当な商売に、鞍替えしているにちがいない。
 だから誹謗中傷して、営業妨害をするつもりはない。
 ただかつて、そんなところがあったよ、と警鐘を鳴らしているだけだ。

 世の中には、ろくでもない予備校がうじゃうじゃある。
 すぐに広告の謳い文句に飛びついたりせずに、詳しい人に話を聞くなり、授業見学をするなり、よく下調べをしてから決めることだ。
 そうでないと多額の授業料を、ドブに捨てることになる。

 ちなみに医系予備校なるものは、おおむね年間授業料は一括前払い制で、中途退学しても返金には応じない。
 自分が家庭教師した生徒も、完全な泣き寝入りであった。――

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 ついでに思い出した。
 ちょうどそれと同じころ、自分の地元に「○○〇一生懸命塾」なる、高校受験塾が開業した。
 新聞の折り込み広告によれば、一週間に500の英単語を暗記させるノウハウがあるらしい。

 一体どういうシステムなんだろうと、内情に詳しい人物に聞いてみた。
 なんでもヤクザのようなおそろしい指導員がいて、覚えてこない生徒はボコボコにされるんだという。
 それが怖くて、子供たちは必死になって暗記に励むという。文字通り、命懸け(「一生懸命」)なのだ(笑)
 
 運営の母体は、社員研修の請け負い業者だという。
 不眠不休で、一晩中山歩きをさせたり。駅前の人込みの中で、大声で社歌を歌わせたり。軍隊式の共同生活で、盲目的に会社の命令に従うロボットを育成する、あのブラック新人研修だ。

 その方式を、受験ビジネスにも当てはめてみようという、魂胆だったのだ。
 だがしかし、さすがにそうは問屋がおろさない。
 あまりの悪評に、生徒はほとんど寄り付かなかったらしく、ほどなくして消滅してしまった(笑)――

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