(話は前回から続く)
さあ、それでは応用問題です。
その昔、合格保証制度を謳う進学塾 があった。あらかじめ届け出た志望校に不合格だった場合、それまで納めた授業料を全額返金する、というのである。
このビジネスは一体、どういうからくりなのでしょう?
*
もちろんこれもまた、例の鉄則である。
商売は常に利益を上げる必要はない。トータルでプラスとなりさえすれば、立派に成功したビジネスモデルなのだ。――
具体例で見てみよう。制度を導入する前の生徒数が、30人だったととする。もちろん全員が授業料を払っている。
合格保証制度を謳ったあとは、この塾はきっと指導に自信があるのだろうと、生徒は100人に急増した。
その生徒のたちのたとえ半分が受験で落ちて、授業料を返金したとしても、残りの50人の合格者からお金が取れるなら、差し引き20人分の増収になるわけだ。
もちろんも、必要経費の問題はある。生徒が増えた分だけ教室を増やすとか、講師が余分に必要とかいうのなら、話は違ってくる。だが大教室に、詰め込めるだけ詰め込めるなら、何も問題はない。
不合格の生徒に返金したって、別に慰謝料まで払うわけではないから、持ち出しはない。プラスゼロというだけだ。合格した生徒から、もらった授業料の分だけ黒字が出るのだから、生徒の総数が増えさえすれば、戦略は成功なのだ。
まあ前章の「外れた時には予想料はいただかない」が、「不合格なら授業料は返金」に、変わっただけと考えてもいいだろう。
*
そればかりではない。この塾はさらに、考えた作戦を練っていた。
一般向けの広告は一切打たず、いくつかの有名進学校の生徒だけに、ダイレクトメールを送ったのだ。
それはただ、宣伝費の節約になるばかりではない。
ぶっちゃけた話、その手の学校の生徒は、地頭がいいものだから、放っておいても受かるのだ。何もしなくても、別に塾なんか通わなくても、勝手に合格していく。――もちろん、塾に通っても。どんな塾に通ったとしても。めったに試験に、落ちたりはしない。
だからもし彼らが、何らかの勘違いによって、この塾を選んでくれたなら。そもそも落ちはしないのだから、返金というような事態は生じようもない。丸儲けなのだ。
そのうえ彼らの場合は、ただの合格ではない。ちょっと自慢になるような、有名大学に次々と受かっていき、それがそのまま塾の宣伝材料となる。
今度は合格実績に惹かれて、生徒が集まるようになるから、もう返金制度などなくしてしまっても、経営は安泰なのだ。
詐欺の定石を応用した、ずいぶんうまいビジネスモデルだと思ったものだが、その割にはこの塾はあまりはやらずに消えてしまった。
きっとあまりにも授業がひどいので、せっかく集めた生徒たちもすぐにあきれて、やめていってしまったのだろうな。
悪いことは、できないものである。
*
だいぶ毛色は違うが、同じ受験つながりで言えば、こんな手口もあった。
全国模試も手がけるような、大手予備校の場合である。
自社主催の模擬試験の、成績優秀者上位一割程度を、予備校の特待生とするのである。
そのうえそれは、生徒本人の申し込みを待つのではない。
今後はすべての講座と模試が無料で受けられます、という書面とともに学生証を郵送で送り付け、勝手に生徒登録するのである。
ずいぶん強引なやり方だが、別に一切お金がかかるわけではないので、いちいち抗議する生徒はいない。中にはこれはいい機会だと、実際に講座を受講する生徒もいるだろう。
そんなことをして、予備校サイドに何か、いいことがあるのかって?
もちろん、合格実績である。
何しろ全国模試の優秀者だもの、当然のごとく、難関大学に合格していく。
お金は一銭も払っていない特待生でも、生徒は生徒だから、それが全部予備校の宣伝になる。
たとえ一回も講義に顔を出さなくても。一回きりで顔を見せなくなってしまっても。もともと無料なのだから、わざわざ退塾届など出しはしない。ずっと欠席扱いの、幽霊在籍ということで、合格者数にカウントされるわけだ。
東大合格者ウン千名、とか言っているやつは、だいたいがこれだ。
まったくもって、悪知恵もここに極まれり、である。
*
(話は次回に続く)
コメント