戦後日本のお花畑の死生観を笑う

(話は前回から続く)

 古代の日本人は、死をおぞましい穢れとなして、語ることさえはばかった――

     *

 もちろんそれは、遠いいにしえの時代の話だ。
 それから時代が下り、つ国からもたらされたさまざまな考えが――仏教が、儒教が、基督教が、私たちの死生観に影響を及ぼしたろう。

 だがそれにもかかわらず、この死の穢れの概念は、私たちの無意識をどこかでずっと縛り続けた。
 そして何より、これもまた皮肉なことに、呪縛は最近とみにその力を増しているようにさえ思える。――

 そうだった。
 戦後日本の私たちは、これまでのいつよりも、死を思うことを忘れた。
 80年におよぶ、軍事なき平和のお花畑に、戦死者の姿はなかった。
 繁栄と医療と福祉のおかげて、寿命はひたすら伸びに伸びた。

 死はもはや自宅で看取るものではなく、おおむね病院と施設で執り行う、ただの儀式となった。
 メメント・モリ(注)の言葉はけっして聞かれない。うっかりそれ・・を口にしようものなら、縁起でもないと顰蹙された。
 葬祭場の建設には、薄気味悪いと反対した。
 まるで汚穢を下水に流して蓋をするように、誰も正面切って死を見つめる者はいない。
 見えないものは存在しない、という原理に基づいて、虚構まやかしの清浄の中に生きることをよろこんでいる。

     *

 「死」を忌避することと表裏をなして、至上の命題となったのが「命」である。

  お花畑の平和教育で、何よりも人の命が大切、と教わった。そのままつゆ疑わずに大人になった。
 「とうとい」と「かけがえのない」が「命」の枕詞となり、無考えのまま自動記述された。
 「命」の印籠を突きつけられたら、ぐうの音もでない。誰もがもはや、ひれ伏すしかない。

 何のために生きるかなんて、考えたこともない。
 強いて言えば、生きるために生きるんだ。あけすけに言えば、幸せになるために、自分たちの楽しみのためだけに生きる。
 大義のために命をかける――そんな生き方は、お国のために空に散った、忌まわしい時代を思い出させる。何か悪しき事、愚かしいこととされた。
 ただただ誰もが後生大事に、命をながらえている。

 そんな戦後日本の、おめでたい人生観を、別になじるつもりはない。
 だがしかし、いつの時代もそうだったわけではない。現在いまでさえ、世界のどこでもが、そうなわけではない。そのことは、覚えておいていいと思う。
 たいていは、彼らは何か・・・のために生きている。
 だだ生きるために生きている人間なんて、この広い地球上で、そう多くはいないと思うよ。
 ただこのうるわしき、我らが大和民族を除けばね。

     *

 たとえば人質事件が起きて、立てこもった犯人が、法外な要求したとする。

 英米では、こう考える。
 ここで犯人の言いなりになれば、悪しき前例を作る。人質を取りさえすれば、要求が通ると思われてしまう。その結果今後のテロの再発を、助長することになる。
 その逆に毅然と跳ね付けておけば、事件の無益を悟ったテロリストたちは、二度と同様の犯行を繰り返すことはないであろう。

 だから彼らは、要求には応じない。犠牲を最小限に抑えたうえで、突入して射殺する道を選ぶ。
 不運にも命を落とした人質は、社会正義のために身を捧げたのだ。必要悪である以上に、美談として語り継がれるかもわからない。

 だが日本では、それができない。 
「人命が最優先」というお題目に縛られて、突入の機会を逸する。「説得」が功を奏さなければ、犯人の要求を丸のみにするしかなくなる。

     *

 あるいは海外で、邦人が誘拐される事件が起きる。犯人は解放と引き換えに、日本政府に巨額の身代金を要求する。
 このような事案では、「テロには屈しない」「要求には応じない」「身代金は支払わない」という国際的な合意がある。(2013年G8サミットの共同宣言)(注)
 現に英米の場合、要求を拒んで自国民を見捨てたたケースも、珍しくはないのだ。

 だがわが国の場合は、そうはいかない。
 1977年に、日本赤軍が「ダッカ日航機ハイジャック事件」を起こした。そのとき 福田赳夫首相は、「一人の人の命はこれは地球よりも重い」とのたまった。
 それはその通りなのだろうが、結果犯人の言いなりになった。
 約16億円の身代金を支払い、同士の過激派メンバー9人の釈放も受け入れた。

 2013年の共同宣言以降は、さすがに表立っては要求を呑めなくなった。
 だがそこは、日本人の得意な表と裏の――本音と建前の使い分けがある。
 表面的には要求を突っぱねて、毅然と対処するように見せながら、裏でしっかり身代金を渡して解放交渉をする。

「プロの人質」と揶揄された、安〇純〇という方がいらっしゃる。
 フリージャーナリストだから戦地の実情を伝えるのだ、と称して何度も中東の危険地帯に足を運ぶ。そのたびに現地の勢力に拘束される。合計で5回、人質になっているのだ。
 そのたびに解放される――つまりは日本政府が、裏金を渡しているということになる。
 最後の2018年の解放は、共同宣言後のもので、このときは3億3400万円の身代金がひそかに渡されたと言われている。

 その拘束回数の多さから、この人物は現地勢力と結託している。故意に人質となり、日本から身代金をせしめているにちがいない。つまりは「プロの人質業」だ、と噂されているのだ。(注)(注)
 おそらくは、そういうところだと思う。
 いずれにしろテロリストに、あるいは誘拐ビジネスに、日本が狙い撃ちされている。
「人質の命が最優先」であるかぎり、見殺しにはできない。要求に屈して、金で解決するしかない。
 足元を見られて、すっかりカモにされている。

 戦後日本のおめでたい、お花畑の死生観が、今ではこうして世界中で笑いものになっているわけだ。―― 

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