ティッシュ配りに、天才詐欺師の片鱗を見る

 最近はあまり見かけなくなったが、かつては「ティッシュ配り」が駅前の風物だった。

 たいていはお店の宣伝なのだが、ただチラシを渡すだけでは、なかなか受け取ってもらえない。かえってうるさがられて、逆にお店のイメージも落としかねない。

 そこでポケットティッシュの中に、店のチラシを折り込んだものを渡す。
「おまけ」がついているから、本来なら突き返されるチラシも、快く収めてもらえる。
 店の好感度もアップするという、賢明な戦略だった。

     *

 だがポケットティッシュを準備するにも、原価でも数十円はかかる。
 それを一日何千も配っていったら、費用も馬鹿にならない。
 そこで何とか、チラシだけですまそうと画策する。

 そこで考案されたのが、「ティッシュと誤認させる作戦」だ。
 たとえば「ただのチラシ」を、軽く2つに折り曲げる。折り目がつく手前で止めて、端っこをつまんて持つと、ふっくらとした曲線に包まれた「立体もどき」ができあがる。 
 びらびらの一枚の紙とは違う。その形状は確かに、ポケットティッシュと見まちがえる。
 通行人も、まあありがたいティッシュがもらえると、手を伸ばしてしまう。――そしてその数秒後に、しまっただまされた、と地団駄踏むことになる。

 あるいはまた、「突然目の前作戦」。
 チラシを入れた紙袋に手を突っ込んだ状態で、じっと待機する。もちろん袋の中身は、外からは見えない。
 そうして通行人が十分に近づくのを見計らって、突然袋から手を出して、チラシを目の前に突き付けるのだ。
  ゆっくり手渡したのでは、それがただのチラシであることがバレてしまう。だがそれが一体何なのか、判断のいとまを与えないくらいに、瞬時の動作で行えば。たいていの人間は反射的に、差し出されたものを受け取ってしまうものなのだ。

 もちろん一度だまされた通行人は、余程の低能でない限り、二度とだまされはしない。
 だがそのたびに、チラシ配りの兄ちゃんも新しいだましの手口を発案して、延々といたちごっこが続いたものだ。

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 ふざけた話だ。
 消費者をだます詐欺行為、というよりももっとひどい。
 相手をいいように操れる、心理学の実験の被験者か、もっと言うならまるで実験動物であるかのように扱っている。
 人格の尊厳に対する、敬意のようなものが、いささかも感じられない。

 この手口を用いていたのは、たいてい「〇〇コンタクト」だった。
 なんて馬鹿な会社だろう。こんなことをして、無理やりチラシを押し付けたところで、誰も読みはしない。ゴミ箱に直行するだけだ。
 そのうえ人を小ぱかにした会社として、イメージをかえって落とすだけだ。宣伝どころか、逆宣伝になってしまう。

 だが今思えば首謀者は、会社そのものではなかったかもしれない。
 会社はただ、チラシ配りを依頼しただけだ。ティッシュに見せかけようと考えたのは、ティッシュ配りの兄ちゃんの才覚だった可能性もある。
 アルバイトにとっては、その後の会社の評判がどうなろうと、知ったことじゃあない。
 とりあえず配布枚数の、ノルマを果たしさえすればいい。配り終えるのが早ければ早いほど、「タイパ」はよくなるわけだ。

 そう考えれば、あのチラシ配りは人間心理を熟知した、天才メンタリストだった。
 だって少なくとも最初は、自分を含めて全員がだまされて、チラシを受け取っていたわけだから。
 今ごろは大物詐欺師にでもなって、たっぷりためこんで、すっかり成り上がっているのかもわからない。

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 まったくもって、うらやましいかぎりだ(笑)

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