ソープランドと言えば「最後まで」やる。「本番行為」を行う。風俗界の王様である。
もとより過激な内容で売るわけだが、同じソープランドの中でも、サービスの詳細はさまざまである。
たとえばその本番行為を、避妊具を付けて行うか。それともゴムは付けずに、そのまま「生(ナマ)」で行うか。
後者の、より過激なタイプの店を、「NSソープ」と呼ぶ。
「ナマセックス」の略というのでは、あまりに身も蓋もないので(笑)、通例は「ノースキン」のことだと解釈している。
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思えば(笑)ソープランドが、まだトルコ風呂と呼ばれていた30年前までは、NSが当たり前であった。
わざわざゴムなんか付けるのは、よっぽどの激安店だ。
あるいはピル(避妊薬)が体に合わないとか、何か訳ありでNSができない女の子が、同じような訳ありの客の相手をする。そんな特殊な店もあったかもしれない。
ところが例のAIDSの来襲が、すべてを変えてしまった。
この間のコロナでもそうだが、未知の病は人間の恐怖を増幅する。
正体不明であればあるほど、理解不能であればあるほど、おどろおどろしい都市伝説の材料となる。
ゴムを付けずに本番などしたら、たちまちAIDSに罹患する。そのままコロリといってしまう、とみんな本気で信じ込んだ。
NS店なんて、女の子か怖がって働かない。それどころか、客の方も敬遠してしまう。
そもそも保健所が摘発に動き始めたから、自分の知るかぎり(笑)、すべての店がスキン着用に宗旨替えしてしまったのだ。
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そんな冬の時代が(笑)20年は続いた。
だがついこの10年くらい前から、春の兆しが見え始めた。
患者が出た、という報道も、最近あまり見かけない。
恐怖をあおる、啓蒙キャンペーンもすっかり下火になった。
どうやらこの病気、あんまり感染力は強くないらしい。
そこに一つ、グッドニュース(注)も飛び込んできた(笑)
完治できるような治療薬は、相変わらず見つからないが、発症を抑えることはできるらしい。
つまりは万一の場合も、薬代は一生か掛かるが、どうやら死んじゃうことはないらしい。
ということで、ついにまたあの、NSソープが息を吹き返したのだ。
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初めはちらほらと。おそるおそる。
他店の様子などを、うかがいながら。
もしどこかの店の女の子に、患者でも出ようものなら。狭い業界の中だもの、情報はすぐに伝わる。たちまち、日本中の店に知れ渡る。
だが今のことろ、まだそれはない。てことは、NSを始めた店でも、AIDSは出てないわけだ。
なんだ、けっこう、ダイジョプじゃね?
てことで、また一店、たま一店と、昔ながらのサービスを復活させた。
吉原あたりだと、今では2割程度まで、NSに立ち戻っている。
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だがしかし。
確かにそれ以来、AIDSが出たという噂は聞いていない。
その代わりといっては何だが、最近になって女の子が次々と、「梅毒」で倒れているというのだ。
倒れている、と言っても、ひっくり返っているわけではない。
検査に引っかかって、出勤できなくなっているのだ。
もちろん他の性病だってあるのだろうが、そいつらは薬さえ飲めば、数日で治ってしまう。欠員が目立つほどのことはないのだ。
だが梅毒が完治するには、数か月がかかる。つまりはまじめに検査している店ほど、櫛の歯が欠けたようになる。
そうなれば、いきおい客にもバレてしまう。
どうやらあの店はあぶないらしい、というので、NS店から足が遠のく。
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NS店から足が遠のく――本来なら、確かにそのはずなのだ。
だがここに、新たな都市伝説がもたらされる。あるいは、実際医者が言っているのだから、医学情報と言うべきかもしれない。
――梅毒は口淫でもうつる。キスでもうつる。病変部に触れてもうつる。(注)
それを聞いたエロおやじたちは、途方に暮れた。
それじゃあ、どうしたらいいんだよ?!
と、ひたすら神の不条理を呪った。
不特定多数と交わらなければいい。奥さんとだけ、彼女とだけすればいい。そんなごく真っ当な発想は、度しがたいエロおやじの頭をかすめもしない。
ただただ、どうしたらいいのかと途方に暮れたあげく、とっても合理的な判断を下したのだ。
――どうせ何をやってもうつるんだ。S着店でも、ヘルスでもうつる。
それならやっぱり、これまで通りNSソープに行こう。
と。
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そこにまた、もう一つの都市伝説が――疫学情報がもたらされた。
梅毒が広まっているのは、風俗嬢の間だけではない。巷のしろうと娘の間で、とりわけ20代の女の子の間で、大流行しているらしいと。
風俗遊びをしたカレシからうつされた、という「健全な」ケースだけではない。
最近のしろうと娘は、マッチングアプリや何かもあって、気軽にワンナイトを楽しむ。
パパ活や立ちんぼをするヤツもいるから、蔓延しやすいのだ。
つまりは常識とは、逆のケースも考えられる。
風俗嬢が男にうつしたのではない。しろうとのカノジョから梅毒をもらった男が、ソープで浮気をして、風俗嬢に伝染させた。
つまりはNSソープは加害者ではなく、被害者の側なのだ。
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しろうと娘なんて、症状が出なければ検査はしない。潜伏期間なら、感染しても気づかない。
というよりも、症状が出たとしても、恥ずかしがってなかなか医者に行くのをためらっいるかもしれない。
そう考えれば、しろうと娘の感染率は、データでわかっているよりも、実際はもっとずっと高いのかもしれない。
それに比べて、風俗嬢の場合はどうだ。
陽性者が次々出ているのも、逆に考えれば、それだけちゃんと検査をしてるってことだ。
そのうえ、陽性が出れば出勤できないわけだから、いま現に店にいる子ならダイジョプと判断できる。
――何だやっぱり、街でしろうと娘なんてナンパするよりも、風俗嬢の方が安心じゃないか。
と、そんなふうにずいぶん都合よく考えて、これまでにもましてせっせと悪所通いを続けているらしい(笑)
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