「男、村田兆治」の悲しい結末

 去年村田兆治が亡くなったね。自宅の火災で、焼死したと。
 マスコミはあえて口をつぐんでいるけど、焼身自殺だよね。どう見ても。

 その二か月前に、羽田空港でもめ事を起こした。所持品検査で止められたことに腹を立てて、女性検査員の肩を突いたのが、暴行ととらえられて逮捕された。そのことが原因だね。
 本人は、暴力をふるった認識はない。軽く押しただけのつもりなのだろうが、力余ってということもある。元プロ野球選手の体力だからね。

 普通の人間なら、そこまでは気に病まない。即日釈放されたわけだし、取り調べは続いていたとはいえ、 どう考えたって不起訴だろう。大ごとになる、はずはないのだから。
 だけど村田兆治は一徹者なので、思いつめてしまった。

 死んでお詫びする、というよりも、どちらかというと死の抗議だね。
 一命いちめいをもって、身のあかしを立てる。潔白を証明する。生き恥をさらすのは潔しとしない。――一昔前の日本人には、そんなメンタリティーがあった。
 村田っていうのは、昔気質の人間なんだよ。そんな大時代な生き方を、地で行ってしまった。

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 今どきの人は信じないだろうけど、自分みたいなオールドファンにはよくわかる。そういう人だったんだよ、あの人は。
 プレースタイルも、グラウンド外での言行も。本人は「昭和生まれの明治男」を自称していたけれど、一直線の人間だった。頭の中にいつも、「男、村田」みたいな、浪花節が鳴り響いている。ごりごりの、野球バカ一代と言うか。

 そんな性格がいい方に出れば、とんでもないパフォーマンスとなる。ときには偉業を成し遂げる。
 現役時代の、名球会入りの成績ももちろんすごいけど、誰にもまねできないのは、引退後だ。
 59歳で迎えたプロ野球のマスターリーグで、140キロ代の剛速球を連発したというのだ。
 同世代の名選手は、もう草野球なみの、へなちょこ球しか投げていないのに。

 聞けば今でもまだ、現役時代とまったく同じメニューの、トレーニングを続けているんだと。
 どう考えたって、普通じゃないよ。他のみんなは、しんどいだけの練習から解放されて、すっかり楽をしきって、ぶよぶよの体になっているときに。村田だけはまだ自分をいじめ抜いて、鍛えている。そんなことをしたって、もう一文の得にもならないのに。
 今ではもうまったく場違いなのに、今だに野球一筋に打ち込んいる。どう見たって、まともじゃない。
 見方によっては、ただの馬鹿だよ。でもすごいと言えば、確かにこれほどすごいことはない。――一

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 だけどそんな性格が、裏目に出ることも多い。
 ロッテ一筋22年の功労者なのに、球団から指導者として、お呼びがかかることはなかった。対人関係という点では、敬遠されるタイプだった。
 浪花節も結構だが、四六時中それをやられては、周囲は疲れてしまう。とてもじゃないが、ついていけない。
  極端なまでに凝り固まって、遊びというものがまったくない。結び目なんかに余裕を持たせることを、よく「遊びを持たせる」と言うだろう。そういう意味での「遊び」だよ。
 人間社会を円滑に回すためには、どうしたってそれが必要なのに。

 少年野球の指導に出かけても、俺が村田だ、と言わんばかりに剛速球をぶん投げる。
「プロのすごさを見せつけて、子供たちに夢を与える」と言ってしまえば、美談のようにも聞こえるけど、子供相手に手加減なしかよ、と顰蹙する向きもあった。
 いくらなんでも、空気読めなすぎだろう。そうやって、どうしても浮いてしまうんだよね。

 別に村田さんを、揶揄しているわけではない。よく愛着を込めて、「あいつも馬鹿だよな」とか言うだろう。そういうタイプの、人だったんだよ。

     *

 そんな生き方が、もっとも裏目に出たのが、今回の出来事なんだ。 
 思い込みの激しい人だから、けじめをつけなければ、と考えたんだね。
 それこそ少年野球の子供たちに、このままでは示しがつかない、とか思ったのかな。
 「男、村田」を、突き詰めちゃったんだよね そんなに突き詰めなくてもよかったのに。もっとゆるく、楽に構えて、チャランポランに生きてもよかったのに。

 寝覚めが悪いのは、村田ともめた検査員だね。自分とのやりとりがきっかけで、自殺に追い込まれたわけだから。
 まあはたして彼女が、火事の意味まで理解したかどうかは、わからないけど。
 別に彼女を、責めるつもりなんかないよ。正当な手続きで、あくまでも業務の一環として、マニュアル通りに対処しただけなんだから。
 村田兆治も悪くない。暴力をふるうつもりはなかったんだもの。火事の件だって、自分の生き方をあくまでも、貫徹した結果なんだ。

 女性職員も、村田も悪くない。
 誰も悪くないのに、こういう悲惨な結末が待ち構えている。
 それが人生っていうものだ。それが世の中っていうものなんだろうけど、やっぱりどうにも、やりきれないね。――

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