(話は前回に続く)
地獄の減量なんて、ただ少しでも弱い相手と戦いたいと必死をこいている、ぶざまな茶番にすぎない。
*
さて、「あしたのジョー」である。
力石徹はかつては、ウェルター級(66.678kg以下 )のボクサーだった。
少年院を経て、プロに再デビューしたあとは、極限まで体を絞って、フェザー級(57.153kg以下 )で戦っていた。
推定9キロの減量である。
そのとき、宿命のライバル矢吹丈(ジョー)が、やはり出所後プロボクサーとなったのを知る。
その階級はバンタム級(53.524kg以下)である。
ジョーとの再戦を熱望する力石は、決死の減量を敢行する。
すでに絞り切っていた体から、さらに推定4キロを落とすのは、文字通り命さえ削る危険な挑戦だった。
亡者のようにやせ細り、目はうつろとなりながら、無謀な減量をようやく乗り越えた力石は、 フェザー級のリングでジョーと戦う。
そして勝利するが、無理な試合がたたって、そのままくずおれて落命するのである。
*
そんな壮絶な悲劇の幕切れは、確かに男たちの胸を打った。
だがしかし、待てよ。その間ジョーの方は、一体何をしていたのか?
ただ力石が来るのを、待っていたのである。
考えてもみたまえ。
もし力石との対戦を望むなら、力石の減量を待つ必要などない。ジョーの方が4キロ増量して、 フェザー級で戦えばいいだけのことなのだ。
それなのにジョーは、何もせずにただ待っていた。
思えばジョーだってもともとは、「ちょっと気を許すと60キロを超して、ライト級まで上がっちまう(8キロ増加ということ)」と言わしめた体格なのだ。
ただプロデビューのために、これもまたかなり無茶な減量をして、無理やりバンタム級で戦っていた。
(それもまた少しでも、弱い相手と戦うために!)
だとしたら、 フェザー級に上がるのに、特別の手段などいりはしない。ただ減量の手を少し緩めるだけでいい。何しろちょっと気を許すだけで、8キロ増えるというのだから、4キロなんてお手の物のはずだった。
ところがジョーはそれもせず、ただ待っていた。
ジョーは何を待っていたのか?
修羅のような苦行によって、力石がやせ細るのを。目はうつろとなり、息も絶え絶えになり、足元がふらつくのを。――そうだった。考えられる動機は、ただ一つしかない。要するに、力石が弱くなるのを、ただただ待ち続けていたのだ。
宿命のライバルとの再戦で、自分が少しでも有利に戦えるように?
だとしたら何というこすからい、薄汚い手口だろう。 男の風上にも置けない男なのだ。――
否。もちろんすべては、物語の設定上のことだ。それは重々わかっているのだが、つい思わずにはいられない。
現実の世界にもしこんなやつがいたら、軽蔑にも値しない。
それこそ佐々木小次郎もびっくりの、卑劣漢なのだ。――
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