「少女の自慰」の今昔

 情報源は秘匿しなくてはならないから、取材先を明かすわけにはいかない。

 だが以下の話は、しかるべき複数の確かな筋から、長年に渡って聞き取った内容を総合したものである。

 たとえそう聞こえたとしても、けっして荒唐無稽な作り話ではないから、心して聞いてもらいたい。

     *

 もとより乙女の自慰と言えば、クリトリス(陰核)と相場が決まっていた。

 理由は明らかである。
 そもそもその年齢の少女は、性の知識に乏しかった。子作りの仕組みさえあやしかったくらいだから、自分で自分に何かを挿入しようなどとは、もちろん思いもよらない。
 たとえその知識はあったとしても、そんな恐ろしいことを実行する、度胸などあるはずもない。
 勢い性欲のはけ口は、安直に手を伸ばせる突起物の方に、もっぱら向けられていたのである。

 それがかつての時代の処女たちの、実に牧歌的な風景だったのだ。
 だがしかし、インターネットとスマホの登場が、すべてを変えてしまった。
 訪れたのはご存じ、情報化社会である。
 そこでは乙女たちもまた、人生を情報から学んだ。

 自然な体の欲求に耳を傾けながら、おもむろに性を学ぶ――そんなおおどかな時代は、すっかり過去のものとなった  
 今やすべての知識は、実に性急に、無理やり少女たちの頭に飛び込んでくる。
 たとえばネットで閲覧できる動画から、性交を学ぶ――だがしかし、それはある意味正しい知識だから、学習時期が早すぎることを除けば、さして問題にはならない。

 だがしかしそこは同時に、たくさんの自慰動画もまたころがっていた。そしてそちらの情報はと言うと、あまりにも実態を反映しない、偏頗なものなのであった。
 その中には、本来なら多数を占めるはずの陰核系の自慰が、まったく見当たらない。ひたすら挿入物の動画だけが、幅を利かせている。
 もちろんそれも、無理からぬことではある。それはそうだろう。
 指先をちょこまかと、動かしているだけの動画では「絵にならない」。映像的に物足りないのだ。
 カメラの向こうから覗いたときに、それではあまりにも迫力がない。というよりも、予備知識のない者には、何をやっているのかさえ伝わらないだろう。
 その点巨大な模造陰茎を、豪快な音を立てながら出し入れする映像なら、アピール度満点だ。いくらでも閲覧数を、稼ぐことができるのである。

     *  

 だからネットの自慰動画に、陰核シーンは見当たらない。もっぱら異物挿入だけが強調される。
 もちろんそのような偏ったものでも、大人が見て面白がるぶんには構わない。
 だが教育的な観点で考えた場合には、やはり大変な影響を及ぼしてしまった。

 何も知らない少女たちは、動画を見てすっかり勘違いしてしまった。
 これが噂に聞いた「自慰」というものなのだ。大人の女というものはみんな、こうして激しく中を引っ搔き回して、楽しむものなんだと、誤った学習をしてしまった。
 良い子のみなさんが、真似をしてしまった。
 指だけでは飽き足らない。マーカーやらサインペンやらヘアブラシの柄やら、手当たり次第の日用品を突っ込んでみる。そんな恐るべき子供たちが現れたのだ。

 もちろん娘たちの全員が、そんな大胆に走ったかというと、そうでもない。
 ここで一つ、興味深い現象が起こる。
「自慰は挿入」と洗脳されて、半数が「それならば私も」と考えたのと同じように、もう半数は「それならば私は」やめておこうと、逆の道を選んだのだ。
 処女が挿入に抱く恐怖心は、今も昔も変わらない。陰核という手軽な代替品が黙殺された今、そうして自慰そのものを忌避してしまう者がいたとしても、不自然ではないだろう。

 それは宗教でも純真でもない、ただただ無知と誤解が生んだ、スマホ時代の不思議な貞淑娘。
 そしてまた一方には、例の手あたり次第の、小さな淫婦たち。
 それは等しくすべての処女たちが、おとなしく陰核をさすっていた、過去の時代とは違う。
 自慰率は半数に落ちたが、逆にその過激度は倍増した。
 両者のグループが相殺しあって、結局のところこの新世代のトータルの淫乱度は、従前とあまり変わらないところに落ち着いたようだ。

     *

 問題はそのいずれの場合も、陰核が登場しないことだ。
 ネットの動画にすっかりだまされた少女たちは、陰核の存在に気づく機会を失ってしまった。
 実際二十歳を超えて、正しい性の知識に触れるまでは、そんなもの知りさえしなかった――そう告白する女性も多いのだ。
 そのうえ少女時代の習性は、たいてい一生の行動を左右する。
 そうして長じて知識を得た後も、女性たちはもはや、陰核に手を伸ばそうとは考えないのだ。

 だとしたら?
 そうして役目を終えた器官が、もはや使われなくなった機能が、どういう最期を迎えるか。
 進化論的な長い長い時間の中で、どんな結末が待ち構えているかは、ご存じの通りだ。
 退化し。縮小し。あるものはただ痕跡だけを残し、またあるものは完全に消失してしまう。(注)
 かつての私たちの尾てい骨や、虫垂と同じ運命を、陰核もまたたどることになる。
 歴史は繰り返すクリトリス

 何万年か先の未来では。
 今ではすっかり感度も失って、包皮に隠れた小さなゴマ粒のようになったそれ・・が、科学者たちの興味を搔き立てる。
 はたして人類の女性において、この不思議な器官は元来、どのような役割を果たしていたものか。喧々諤々の議論が交わされる。
 遠い過去の、昭和の時代の娘たちが、毎日それを夢中でこすっていた事実なんて、そのころまでにはすっかりと忘れられて。――

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