「冷房のジレンマ」から「ゲームの理論」まで

 昔よく夏に、ヒーあっちー、ヒーあっちーと騒ぎながら、うちわで自分を扇いでいるやつがいた。
 つくづく、バカだと思う。

 うちわを動かす運動によって、体温が上昇する。
 その運動で起こした風を、ほてった体に当てる。
 そりゃあ、涼しいだろう。でも、それって無意味だよね? 空しいよね? 
 わざわざ加熱したものを冷却して、――加熱しながら冷却して、快感を得ている。ただの自己満足、エネルギーの空費だよね。状況の本質は、何一つ改善していないのに。
 そんな道理にも気づかずに、頭の弱い連中がいつまでも、バタバタとうちわを扇いでいる。

 最近は女性を中心に、うちわの代わりにハンディファン(注)なるものを、持ち歩くようだ。
 日本人も少しは賢くなったのか。それともうちわを動かす元気もないくらい、かったるくなったのか。
 大いに解釈に、迷うところだ。

     *
 
 冷房にしたってそうだ。

 クーラーの原理を、知っているよね。
 あれは別に、夏を冷やしているわけじゃあない。日本を、冷やしているわけじゃない。
 自分の部屋の中の熱を、ただ室外に追い出しているだけだ。
 室内は涼しくなるが、ちょうどその分だけ、おもては暑くなっていく。

 よそのことなんて、知ったこっちゃない。自分さえ、よければいいんだよ。そもそも外の世界は広いんだから、少しくらいの熱なら、どうせすぐに薄まってしまうだろ。――
 おっしゃる通りである。
 もしあなた一人だけが冷房をつけるなら、何にも問題にならない。
 でもたとえば東京中のすべて人間が、同じように考えたらどうなるだろう。 
 自分さえよければいいと、みんなが部屋から吐き出した熱で、間違えなく気温は上昇する。

 外の温度が上がる。

 上昇した外の気温に「茹でられて」、冷やしたはずの室内がまた暑くなる。

 ちくしょうムカつくと、またあわててクーラーをつける。

 その排熱で、さらに外気温が上がる。

 ちくしょうムカつくと、またあわててクーラーをつける。

 その排熱で、さらに外気温が上がる。……

 と、あとは無限にコピペが続く。
 「ヒートアイランド現象」(注)の半分は、この原理で起こる。
 永遠の、悪循環を続ける。ドツボにはまって、にっちもさっちもいかなくなる。
 それが今、都会化されれた我々人類が直面している、世にもおそろしい事態なのだ。

     *
 
 もしあなた一人だけが冷房をつけるなら、何にも問題にならない。
 でもたとえばこの世のすべて人間が、同じように考えたらどうなるだろう。――そこに思いを致すのが、「ゲームの理論」というものだ。
 ネットの解説を拝借して、注釈に当てようと思ったが、わかりやすい説明文がなかったので、自前で注解しておこう。

 ゲームにおいては当然、それぞれが対戦相手の出方を考慮したうえで、自分の次の一手を決めていく。こう来たら、こう行く、とあれこれ思いめぐらす。
 実社会においても、それは同じである。
 周囲の人間が取るかもしれない、いろいろな行動パターンを想定する。あらゆるケースを、網羅しておく。

 そうしてすべての可能性を踏まえたうえで、だとしたら自分は結局、どういう対応を取るのが最適かを考えていく。
 それがゲームの理論というものだ。

     *

 たとえば、トイレットペーパーが値上がりしそうだ、というニュースが流れる。
 値上がりする前に、買い置きをしようと考える。腐るもんじゃないから、スペースの許すかぎり買いだめをするのが、どうみても最適の行動だろう。

 だがしかし、ゲームにはあなた以外にも、競技者プレイヤーがいる。
 あなただけではない。世の中には買い物をする、無数の消費者がいる。その彼らは一体どう考えて、どう行動するだろうか?
 みんながあなたと同じように考えて、買いだめに走ったら、たちまち品不足となる。その結果、かえって値段が暴騰してしまうかもしれない。あるいは商品棚から、トイレットペーパーがまったく姿を消してしまい、パニックを引き起こすかもしれない。

 逆にみんなが同時に買いだめを控えたら、値上がりは些少ですむ。これがもっとも、理にかなっているように見える。
 だがちょっと待てよ。
 みんなが同時に、思いとどまってくれればいい。もし自分だけ買い控えして、貧乏くじを引くようなことだけは、何としても避けなくてはいけない。……

     *

 そんなふうに、あれこれと考えていくのが、ゲームの理論の思考法だ。
 まー、ごく初歩的なイメージだけどね。

 冷房の件だってそうだ。
 もしこんな考え方に、みんながなじんでいれば。この理論を勉強しておけば。
 みんなが冷房をつけなければ、外気温の上昇は起きないから、室内もそれなりに耐えられる暑さにとどまる――そんな可能性にも、思い至ることもあるかもしれない。

 もっとももう一つの、うちわパタパタの方は、ゲームの理論とはまったく関係がない。
 こちらの方は、やはりバカに付ける薬を買ってきて、体中にべたべた塗りたくるしか、治療の道はないんだけれども。――

 

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