蒸し返すようだが 2022年の4月、ウクライナ政府の公式ツイッターの、内容が物議をかもした。(注)
ロシアの侵攻を非難する動画の中で、プーチンを過去のファシストになぞらえた。
歴史上悪名高い、三人の顔写真が並べられた。
ドイツのヒトラーと、イタリアのムソリーニ、そして日本の昭和天皇である。
日本の政府筋が厳重に抗議して、動画はほどなく、陳謝のうえ削除された。
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先の大戦の枢軸国の中心をなす三国は、その国体の性質上、ファシスト国家と分類される。
その代表人物である三人を挙げただけの、国際的にはごく常識的な動画だった。
それなのにこのてんやわんやは、一体何事だったのだろう?
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もちろん本当は、昭和天皇はヒトラーとは違う。
自分だって日本の歴史は、それなりに勉強している。
昭和天皇けっして専横で、冷血な独裁者などではなかった。むしろ温厚な、立憲主義者であろうとした。
当時の天皇は主権者であり、神ですらあったのだから、すべてを独断専行しようと思えばできたのだ。だが彼は、けっしてそうしなかった。
憲法と、議会と、「国務大臣の輔弼」を重んじすぎた。
愚かで好戦的な国民の声にすら、耳を傾けてしまった。
その結果、戦争に向かう流れを、もはや食い止めることができなかった。ご本人はむしろ平和主義者で、いさかいを望まなかったにもかかわらず。
あまつさえ戦後生まれの自分でも、「その後」の昭和天皇のお人柄は、よく存じ上げている。
だとしたらもちろん、本当は昭和天皇はヒトラーとは違う。――
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だがそれはあくまでも、我われ日本の、内輪の事情である。
国際世界においては、それはけっしてそうではない。
はっきり言ってそんなことは、知ったこっちゃあないのである。
当時の日本は、例の明治憲法を引っ提げて、国際政治の舞台に躍り出た。
そこでは、天皇主権が掲げられていた。
だとしたら、それがすべてなのだ。
そこで行われたすべての決定は、天皇の責任に帰せられる。
真珠湾の卑劣な闇討ちも。アジアでの目を覆う蛮行も。鬼畜のような捕虜の虐待も。
もちろん本当は、何一つ天皇が望んだことではない。
だが少なくとも国際法理上は、天皇の行為とされるのは、理の当然なのだ。
昭和天皇自らもまた、マッカーサーのもとを訪れ、処罰を望んだ秘話は知る人ぞ知るだ。(注)主権者であることの重みを、誰よりもご存じであったわけだ。
国の看板を背負うというのは、そういうことなのだ。
かつて「わたしらが悪いんです。社員は悪くございません」と、男泣きした社長がいた。(注)
もしその逆に、「あいつらが悪いんです。社長は悪くございません」と言い募るやつがいたとしたら、人間の風上にも置けないだろう。
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戦争の責任は天皇にある、とみなされたのは、ごく自然な流れだった。
連合国の多くは、天皇を戦犯として裁こうとした。
マッカーサーの賢察と慈悲によって、事態が収拾されたのは幸いであった。
だがしかし、だからといってすべてが、免責されたわけではない。
今でもなお、ヒトラーと昭和天皇が同等と感じられていたとしても、何一つ不思議ではないのである。
そんな理もわからずに、失礼だとか不敬だとか、わめている連中。
日本会議。旧安倍派。それを裏で操っている旧統一教会。戦前の国体回帰の復古主義。
そうだそうだと、またしても匿名で騒いでいる、ノータリンのネトウヨたち。
やつらの頭の悪さと品性のなさには、毎度のことながらつくづく我慢ならない。
(話は次回に続く)
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