法治国家の原理原則(2)

 (話は前回から続く)

 「法律では裁けなくても、世間が許さない」と、馬鹿面したネットの正義屋たちがわめく。思い上がるのもいい加減にしろ、と言いたい。だが――

 彼らこそが本当に「世の中」で、彼らの言説こそが本当に「世論」である、とは思わない。
 だが糞便に群がるウジ虫は、どうしても多数派のように見えてしまう。そうするうちに、いつしかウジ虫を恐れる者たちが現れる。
 たえず彼らに遠慮して、忖度し、刺激しないように身構える。今では彼らが一定の影響力を持つ――おぞましい権力を、ふるうようにさえなったのだ。

  ネット警察が、すべてを取り締まる。捜査がなされ、裁判が執り行われ、判決が下される そればかりか、刑罰さえも課せられようとしている。
 あまり見たくない光景だが、それこそが今、実際に起きていることなのだ。

     *

 元をただせば、そもそもベッキーが、前例を作ってしまった。
 マスコミが騒げば、――ネットが「祭り」になれば、不祥事タレントは平身低頭するものだ、と。
 だがしかし、間違えてはいけない。
 彼女はけっして本心から、許しを乞うているわけではない。ただスポンサーのご機嫌を取るために、殊勝な謝罪のポーズを取っているだけなのだ。

 あの手のタレントは、CMやレギュラー番組の、出演契約を結ぶ。
 その中には契約解除と、損害賠償の条項が含まれている。
 万が一商品や番組の、イメージを毀損する振る舞いがあれば、出演は打ち切られ、多額の違約金を請求される恐れがあるのだ。ベッキーの場合は、5億円程度だと言われている。
 その支払いを逃れようと、あるいは軽減しようと、必死に腰をかがめているのだ。

 それなのに、テレビの向こうの単細胞どもは、すっかり勘違いしてしまった。
 この売れっ子芸能人は、今しも自分に向かって、詫びを入れている。
 自分の前で、土下座をしている。ということはきっと、自分たちには力がある。土下座をされるに足りるような、大物なのにちがいない、と。

 それは生まれて初めて、味わう快感だった。
 何しろふだんから、まったくうだつが上がらない人生を、送ってきたような連中だ。
そんな奴らが今突然、見目うるわしい女性タレントに土下座されたのだから、舞い上がらないわけはない。
 すっかり失くしていた、自尊心がよみがえる。いつしか傲然と、ふんぞり返りさえするのだ。

 それと同時に、たまっていた鬱憤が、一気に噴き出す。これまでずっと自分がされてきたように、目の前の「劣った」人間に、ここを先途とマウントを取りまくれ。――
 そのようにしてあの日から、みんなが有名人叩きの、味を覚えてしまったのだ。
 不倫をすれば謝罪会見をするのが、世の中の流れになった。
 そりゃあ配偶者には謝ります。背信行為だもの。でも何でテレビのカメラに向かって、土下座しなくてはいけないの?――という素朴な疑問は、すっかり封殺されて。

     *

 あの日から誰もが、夜な夜な餌食を探す。 
 攻撃のネタを見つけるたびに、有名人を叩く。上流国民を、みんなでやっつける。
 ネットリンチで土下座させる。芸能界から放逐し、店舗は閉鎖に追い込む。ときには首もくくらせた

 一人では何もできないザコだけど、みんなで一斉に攻めかかる。
 使うのは得意の ゲリラ戦術だ。ネットの闇は安全地帯だ。匿名の壁のこちらに身をひそめて、背後から襲いかかる。
 スマホとPCの、「ハイテク」を駆使して、かっこいいサイバー戦士のつもりなのだ。「正義」を気取った、令和の志士なのだ。 

 どうせ全員、暇を持て余しているんだ。せっかく金のかからない、楽しみを見つけたのだから、大勢で騒ごうよ。
 クソつまらない人生で、他に生き甲斐ないですから。とことん、これで行きましょう!

     *

 そうやってあのゴキブリどもは、毎日痛快な、楽しい時を過ごしてきた。 
 そこに今回現れたのが、あの兼近クンだったのだ。
 何たって、全国規模の悪逆強盗団と、つながりがあるらしい。こいつは絶好の、餌食じゃないか。またすぐに血祭りにあげてやれ、と飛びついたのだ。

 ところがなぜだか、今度のこいつは一向に謝らない。よっぽどの大物なのか、ただの馬鹿なのか。減らず口を叩くばかりで、さっぱりへこたれない。
 そんな彼氏の態度が、いちいち気に障る。ネットの鼻クソどもの、せっかく膨らんだ万能感に水を差す。
 それがますます火に油を注いで、「世論」は沸騰する。非道だの何だのと、息まいて逆上し。何とかとっちめようと、必死に画策しているらしい。 

 だが兼近クン、それでいいんだ。
 事実関係が報道の通りなら あなたは今は犯罪者ではない。悪人ではない。
 土下座も出演辞退も、しなくていい。
 あなたの芸人としての、値打ちはわからない。番組で見ていても、面白くもなんともない。
 若くてかっこいい、お笑いのお兄さんが、若い娘にキャーキャー言われているだけだろう。まあ昔いた『はんにゃ』の、金田哲のタイプだな。
 でもそれでも、全然かまわない。

 ネットでとぐろを巻いている用なしどもよりは、あなたの方が至極真っ当で、はるかに生きる資格がある。
 あなたはきっと、まだ誰も人を殺していない。だけどあいつらときたら、もう何人も殺しているんだから。
 自らは手を汚さない、もっとも卑怯なやり方で。

     *

 そうです。兼近クン、それでいいんだ。
 ドブネズミの世論なんぞに膝を屈さず、このままずっと頑張ってください。

 そうして法治国家の原理原則を、高らかに世に証してください。

 ――私も頑張ります(笑)

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