ネットカジノが返金した理由

 今年世間を騒がせた事件と言えば、例の誤送金事件だろう。

 いきさつは、ご承知の通りだ。
 山口県阿武町が、 本来非課税世帯全体に10万円ずつ支給するはずのコロナ給付金を、誤って一人の住民に送金してしまった。その総額4630万円が、「ネットカジノで使ってしまって」回収不能になった事件だ。

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 法律的にはお金を取り戻すことはできない、と専門家が口をそろえた。誰もが匙を投げかけたそのとき、思わぬ形で事態に決着がついたのだ。
 当のネットカジノが、自主的に全額を返金したのである。

 あまりにもあっけない幕切れに、意外の念に打たれた方も多いだろう。
 だが私に言わせれば、それは不可思議でも何でもない。

 あるいはこんな推理をする者もあった。グレーソーンのビジネスなので、いろいろ探られたくない部分もあって、先手を打ったのだ――ご本人は卓見を披露したつもりだろうが、これもまたまったくの、見当外れなのだ。

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 本当の、舞台裏のからくりはこうである。

 今回の騒動で一番窮地に陥ったのは、金を失った阿武町ではない。実は金をせしめたはずの、当のネットカジノなのだ。
 それはそうだろう。
 事件の報道によって、カジノについての悪い噂が、日本中に流布されてしまった。あそこはごくごく短期間で、数千万もの大金ををすってしまうような、怖いところだ――そんなおそろしいイメージが、ほとんど定着しかけていたのだ。
 これではもう、誰もカジノには近づかない。誰も遊んでくれないから、ビジネスは完全に上がったりなのである。その「風評被害」たるや、とても阿武町の損害の比ではないのだ。

 そこで一つの、経営判断がなされた。
 もしここで4630万円をまるまる返金すれば、世間の目も変わってくる。
 なんだオンラインカジノも、けっこう物の道理のわかった、まともな人間が運営しているじゃないか――というわけで、染みつきかけた負の印象は一気に払拭できる。 
 ビジネスは従前に戻る。
 それどころではない。今回のことがきっかけとなって、名前自体は知れ渡ったわけだ。それがかえって宣伝になって、これまで以上に客層が広がって、商売繁盛となる。
 災い転じて、福となす皮算用だ。

 せっかく手に入れた大金を、返すのは惜しくないのかって? そんな疑問を抱く人は、ギャンブルというビジネスが、まったくわかっていない。
 仕入れもいらない。PCの中の仮想の遊びなら、元手はほとんどかからない。それで何億もの売上が上がるのだ。4630万円なんて、宣伝広告費だと思えば、ごくごく安いものなのだ。――

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 だからカジノは、全額を返金した。
 商機を見逃さぬ有能な経営者なら、誰もが同じように考え、行動したただろう。
 それは義侠心からでも、摘発逃れのためでもない。単純明快な、ビジネス上の判断だったわけだ。

 そしてそれは実際、実に賢明な選択であった。 
 爾後は誰からも後ろ指さされることなく、裏ビジネスが実に堂々と行われた。
 欲ボケやら、ギャンブル中毒やら、興味本位の新参者やらで、ネットは連日大賑わいだ。

 このままいけば目論見通り、 巨万の富を築くことができる。
 阿武町のお金は戻ってきたし。ネコババ男は懲らしめたし。
 世の中、万事がうまく収まったのである。
 めでたし、めでたし。

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 ということで、明日はあけましておめでとう(笑)

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