「ふるさとは遠きにありて」は望郷の歌じゃない

 ステレオタイプ(固定観念、思い込み)は、人の目を曇らせる。理解を誤らせる。
 文学作品の解釈においても、それは同じである。
 中には十二分に人口に膾炙した詩句でさえ、その内容が誤読されているものがある。

 たとえば、 
――ふるさとは遠きにありて思ふもの
  そして悲しくうたふもの
 確かに、聞いたことがある。
 望郷の歌だ、と誰もが思う。故郷を離れて暮らしている人なら、もう条件反射で涙ぐんでくる。

 だがそれが、誤読なのだ。
 ふるさとというのは懐かしいもの、帰りたいものというステレオタイプにたばかられて、詩人の真意をすっかり取り違えてしまった。

     * 

 前記は室生犀星の「小景異情(その二)」の冒頭である。
 だがしかし、定番の故郷恋しやを期待して読み進むと、たちまち勝手が違ってくる。
 詩人はこう続けるのだ。
――よしや
  うらぶれて異土の乞食かたいとなるとても
  帰るところにあるまじや
(たとえ落ちぶれて、見知らぬ土地で乞食になったとしても、ふるさとは帰る場所ではないのだろう)

 あれ? ふるさとは帰る場所じゃない? ふるさとこそオレの帰る場所、と歌うのが、望郷の歌なんじゃないの?
 このあたりでもう、何だが雲行きがあやしくなってきた。
 そしてついには、詩の結末にいたる。感動ポイントを探して、ハンカチを準備していた読者は、そこですっかり肩透かしをくらうことになる。  
――遠きみやこにかへらばや
  遠きみやこにかへらばや
 
 「かへらばや」は「帰りたい」。「みやこ」は「都」、当時はすでに京都ではなく、東京を指していた。
 つまりは遠く離れた東京に帰りたい、遠く離れた東京に帰りたい、と歌っているわけだ。
 一体この人は、何を言っているんだ? ふるさとに帰りたいはずなのに、東京がいいと嘆くとは? どういう状況で、何がどうなっているのか?

     * 

 作者室生犀星にとって、「ふるさと」金沢はけっして心楽しい、思い出の地ではなかった。 
 私生児として生まれた挙げ句、7歳のときには、厄介払いで養子に出された。

 そのうえまた、もらわれた先の養母が、とんでもない毒婦であった。次々と養子を取っては、せしめた養育費で酒を飲んで、享楽にふける
 女の子はやがて遊郭に売り飛ばし、男の子はひたすらこき使う。
 犀星自身も13歳で学校をやめ、裁判所の給仕として働くことを強いられた。

 当然、そんなふるさとには嫌気がさす。
 詩人として一旗揚げようと、東京に出るが、もちろん思うに任せない。たちまち食い詰める(異土の乞食かたい)から、ふるさとに戻らざるをえない。
 だがそこでまた、やがて嫌気がさして――そんな行きつ戻りつの生活の中で、作られたのがこの詩であった。

 がんじがらめのしがらみに、いよいよ耐えられなくなって、またしても故郷を飛び出す。その心の内を歌っている。
 現実のふるさとは、しばしば詩歌の中で美化される、安寧の楽土とは違う。
 ふるさとは帰るところではないと後悔し、早々に東京に戻りたがってるのだ。――

     *

 むしろふるさとを、石もて追われた者の恨みつらみ――
 もちろんそんな伝記的事実は、読者は知るよしもない。
 だがしかし、虚心になって詩の字句を追っていけば、そこにただの望郷とは違う、屈折した心情がこめられていることには気づくはずだ。

 あまつさえ、近頃では児童虐待のような話題も、世間をにぎわせている。
 生まれた家庭が、子供時代が、つまりはふるさとが、必ずしも幸せとはかぎらない――そんなことはわかりそうなものなのに、ステレオタイプに支配された者たちの脳みそは、これっぱかりも働かない。 
  まるでボタンを押すとジュースが出る自動販売機のように、「ふるさと」の一語を聞いたとたんに、郷愁の涙があふれだす。
 ほら来た、とばかりに杓子定規の理解を当てはめる。当てはまらないところでは、消しゴムで消して書き直してでも、無理やり定規の形に合わせてしまう。

 無理やり定規の形に合わせてしまう――自分の中学時代の国語の教師が、まさしくそれをやろうとした。
 教科書に載ったこの作品を、当然のように望郷の詩の、お手本として解説していた。
 例の最終段に至って、もちろんその解釈は論理破綻を迎えるはずであった。
 だがそこで教師は、忽然とこう言ってのけたのだ。
――ここで言う「みやこ」とは、東京のことではありません。ふるさとのことを指しているのです。ふるさとは犀星にとって、心の都だということなのです。

 お笑いも、ここに極まれり。噴飯ものである。
「心の都」なんて、どこのへぼ詩人の文句だよ。
 そんな「くさい」セリフ、どこかの中学の文芸部かなにかの、にきび面のアホ生徒でもなければ、到底口にできるものではないはずなのに。――

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