よく母親たちが、子供の珍奇な言動を報告しあうことがある。うちの子はこの間、こんなおもしろいことを言っていた。そういえばうちの子も、と。
それはただ無邪気で、ほほえましいだけではない。大人の凝り固まった頭では思いつかないような、柔軟な発想に驚かされることもある。
だがしかし、――
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先日ネットにこんな書き込みがあった。(注)
こどもが小1のときに、算数の文章問題を出してみた
――98円もっています。 32円のグミをかいました。 おつりはいくらでしょうか。しばらく考えた末に、こどもが 「ママ、おつりはもらわないで、はらえるよ」
…ほんとだ笑
どうやらこの母親は、引き算の応用問題のつもりだったらしい。98-32=66だから「66円」という正解を期待して。
それで子供の意想外の解答を、愉快がっているのだ。
このスレッドにたくさん「いいね!」がついた。「すごい。想像力が豊かだ」「大人の9割は気がつかない」のコメントで、感心しきりなのだ。――
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もちろん、このブログの読者はお気づきだろう。
その子どもが賢いのではない。母親の頭が悪い。くだんの出題は文言に不備のある、しょうもない欠陥問題なのだ。
それはそうだろう。お釣りというのは「いくら持っていたか」で決まるわけではない。「いくらを差し出したか」なのだ。
50円玉1枚差し出せば18円。10円玉4枚ならお釣りは8円で、答えは一つに決まらない。
98円の所持金の構成を考えれば、必ず10円玉4枚と1円玉3枚はまじっていなければならない。
だからふつうの人間なら、32円ぴったりを払う。お釣りなんてもらいはしないのだ。
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それともナニかい? もし1億円の財産のある富豪が、32円のグミを買ったとしたら。9千999万9968円のお釣りが来る、とでも言うのだろうか?
それだけの釣り銭を準備している大商人なら、絶対に駄菓子なんて売りはしないだろう(笑)
その子どもの頭の中身が、母親似でなかった僥倖を、他人事ながらただただ寿ぐばかりである(笑)――
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