<教員採用試験を改革する>
教師による性犯罪があとを絶たない。(注)
いっそのこと教員採用試験に「踏み絵」を導入してみたらどうか。
志願者に小学生の裸の写真を何枚か見せて、勃起した学生は不合格とする。
あ、それから、ちゃんと男の子の写真を入れるのも忘れないでね。そっち系の方々も、けっこういらっしゃるようだから(笑)
※最近は「踏み絵」と言わず、「絵踏み」という呼称を用いるようです。(注)
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<プロの乞食はわざと手足をちょん切る>
「托鉢」(注) は尊敬されるが、「乞食」は蔑まれる。ていうより、放送禁止用語にさえなっている。
やってることは同じだと思うんだけどね。
あ、こんなこと言うと坊主に暗殺られてしまうから、絶対に黙っていてね。
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「ストリートミュージシャン」って、物乞いとどう違うの?
缶カラにお金入れてもらうんだろう? 一緒じゃないの?
「乞食」とか呼んでバカにしちゃだめだよ。彼らは「楽器のないストリートミュージシャン」なんだ。
歌はちゃんと歌うよ。
右や左の旦那さま、どうぞあわれな乞食におめぐみを~
ってね。
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中国では、乞食の組織があったりするらしい。
ちゃんと職能集団として体裁を保ち、機能している。
親分(元締め)が百人近い手下の乞食を抱えて、統率する。
上納金をせしめる代わりに、警察の摘発からは守ってやる。きびしい掟もある。縄張り争いを仕切る。――
悪質なところは人買いだか誘拐だかで、孤児を集めて子分にする。食うや食わずでこき使って、上がりは全部巻き上げる。
物乞いの場合は、いかに通行人の哀れを誘うかが勝負だ。そこで親分は、絶好の演出を思いつく。
孤児たちの両手両足を切り落として、「だるま」にしてしまう。
そんな姿を見れば、もはや誰も施しをためらう者はいないだろうと。――
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まったく中国人ていうのは、エグイことを思いつくもんだ。
有名な歴史のエピソードもある。
漢の劉邦の后・呂雉は、かつてのライバルであった戚夫人の両手両足を切り落とし、生きたまま便所の置物にした。「この人豚め」と罵りながら、毎日笑い転げていたという。
何ともおぞましい話だが、これはあくまで個人的な怨恨が、前提としてあってのことだ。
上記の孤児の場合は、そんなものは何もない。
単に金のために。ビジネスとして。当たり前のように淡々と行うというのだから、寒気がする。
聞いていて胸糞が悪くなる、とはまさにこのことだろう。
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<ホトトギスがトホホギスとなる>
「聞き違い」という言葉があるが、似たような文字の配列を見間違える――読み間違えることも多い。
「ツンデレ」(注)という言葉を覚えてからは、シンデレラがツンデレラに見えてしまう。
下流国民に落ちぶれてからは、ホトトギスがトホホギスに見える。
いつも「トホホ」と嘆きながら、生きているからだ。
そういえばこの間、生き物づくしの戯れ歌を思いついた。
いわく、
しみじみ思う、しじみ貝
こんな人生、つくづく法師今日も鳴き(泣き)ます、トホホギス
最近は見かけなくなったが、「ツクツクボウシ」はもちろんセミの一種で、初秋の季語となっている。
しじみは春の、ほととぎすは初夏の季語なので、季節を縦断している。
情けないダジャレ歌の割には、我ながらなかなかの出来栄えなのである(笑)
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<時間は「かかる」のか「かける」のか>
例の「女子トイレ便器数問題」で、新手のバージョンが現れた。
何でもある女性学者が、駅のトイレに張り付いて男女別の所要時間を計測したらしい。
その平均値を見ると、女子の方が男子より長い。
そこで「女性の方が時間がかかるのだから、混雑するのは当然で、便器数を男子よりもさらに増やさなくてはいけない」と結論付けたわけだ。
そうして何やら科学的なアプローチをしてみせることで、男性陣をぎゃふんと言わせよう、という魂胆らしい。
噴飯物である。
だってそうだろう。「時間をかける」と「時間がかかる」は論理上、同じことではない。
調査結果通り、女性たちは用を足すのに現に時間をかけている。だがだからと言って、「女性は身体的に時間がかかる」ということにはならない。
まるで貴族みたいに、個室で優雅に「時間をかけている」だけなのだ。
過去投稿(注)にある通り、座って小便をするのに個室なんていらない。男と同じように、女もみんなで尻を並べて、とっとと済ませれば時間なんてかからない。――
たとえるなら、こういうことだ。社員の仕事ぶりの科学的な調査をする。あそこの社員は仕事が遅いので、ノルマを減らしてあげてください、と主張する。
はたしてそれが正当だろうか?
そんなのろまな社員はとっととクビにしろ、と一喝する方が、はるかに理にかなっているのである。……
(注)参考過去投稿
女子トイレの便器数が男子より少ない……
男だって本当は個室で用を足したい
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