ミケランジェロの『ピエタ』は、あまりにも有名である。

この「ピエタ」という言葉を、固有名詞か何かのように、勘違いしてはならない。
「ピエタ」とは、イタリア語で「哀れみ」を表す単語である。それがいつしか、美術史の用語となった。
磔刑に処されたのちに、十字架から降ろされたイエスの亡骸を腕に抱く、聖母マリア――宗教画であれ彫刻であれ、繰り返し表現されてきたこのテーマを、マリアの哀切の表情ゆえに「ピエタ」と呼んでいるのだ。
宗教美術には同じく、「聖母子像」と呼ばれるジャンルもある。言うまでもなく、幼な子イエスを抱いた、マリアを描いたものだ。
「ピエタ」はこの「聖母子像」の、変形と言っていい。
そこでは幼な子だったイエスは成人となり、マリアの慈愛の表情は、哀しみに置き換わっている。――
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幼な子だったものが――だがそれは、イエスの場合だけではない。
けっして宗教、美術の世界にかぎらない。
凡百の人生においてもまた、「ピエタ」はたえず繰り返される悲劇だった。
あらゆる幼な子を見つめる、母親の眼差しは、慈愛に満ちている。
また多くにとって、幼年時代はたとえ貧しくとも、幸せな時間であった。
だが壮年となった我が子を迎える、母親の気持ちはどのようなものだろう。
イエスの磔刑は、33歳のころと推察されている。
その年齢となっても、母子の関係性は、赤子のころといささかも変わらない。
かつては乳飲み子だったものが、今ではたくましい丈夫となっていたとしても、母親にとっては小さくいとしき者であり続ける。
乳を欲しがる赤子の気持ちを察するように、目の前の息子ともまた、自在に心を通わせることができるのだ。
目の前の子ともまた―― もちろん立派になって、帰ってくる者もいる。だとしたら自慢の息子の表情は、まぶしいまでに晴れやかに、輝いて見えることだろう。
だがしかし、それはいつもそうなわけではない。
イエスは骸(むくろ)となって戻ってきた。今の時代だって、戦死した我が子の遺骨を抱く母は多い。
命までは落とさないまでも、たいていは人生の戦いに破(や)れはてる。敗残の身となって、逃げ帰ってくるのだ。
たとえ笑顔の帰郷であったとしても、その面(おもて)には暗鬱と、疲労の影が差す。
ずたずたに傷ついた、我が子の魂を、見透かすことができる。
たとえ実際に腕に抱くことはないにしても、同じような哀切な眼差しで、母は子を迎え入れる。
だとしたらそれはやはり、多かれ少なかれすべての人生に繰り返される「ピエタ」なのだ。
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90に近い高齢の母親を、一時(いっとき)介護したことがある。
もはや老老介護と、言ってもよかったかもしれない。
認知症が進み、もはや息子の顔もわからない。うわごとのような独り言を、ぶつぶつとつぶやいている。
自力では、起き上がることができない。移動のため、体を拭くために、息子が母を抱く。
そのとき自分は思った。これもまた「ピエタ」なのだ。
老いさらばえた母親を、息子が抱く。介護はそんな、逆ピエタなのだ。
母の一生が、とりわけ悲劇だったとは思わない。だがそれがどんなに凡庸でも、人は必ず人生に疲れ果てる。
破れはてて、老いさらばえた母を、自分が抱く。
かつて母が赤子の自分を抱いたように、慈愛の眼差しで見つめながら。だがその眼差しには、深い哀しみも――「ピエタ」もまた、必ず宿っているのだ。……
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