「超能力ブーム」の時代(1)

 思い出したように、「超能力」というようなものが、話題になることがある。
 自分も古い人間なので「スプーン曲げ」や、「麻原彰晃」みたいのしか、思いつかないけど。

 スプーン曲げ――今で言ったら、マジシャンに分類されるのか。
 ユリ・ゲラーという男がいて、テレビの番組で念力だけでスプーンを曲げる、みたいな離れ業をやってのけた。
 超能力の一大ブームを引き起こし、日本中の子供たちがユリ・ゲラーのまねをしようと、あるいはそのトリックを見破ろうと、スプーンと格闘したものだ。

  麻原彰晃――後に歴史に残る、凄惨な事件を引き起こした「オウム真理教」の教祖である。
 だがまだ初期のころには、そんな大胆な悪事には手を染めていない。
 ただ超能力者を自称して、座禅を組んだまま体を宙に浮かす「空中浮揚」を披露した。というよりも、そんなふうに見える写真をあちこちにばらまいて、信者を獲得しようと工作していたのである。
 同世代の方ならきっと、パンツ一丁の、なぜかしかめ面した麻原彰晃が宙に浮いている、うさん臭い画像に見覚えがあることと思う。

 まあ、みんな懐かしい話だ。

     *

 少なくとも大人たちの中には、彼らのそんな芸当に素直に驚嘆し、熱狂する者は少なかったように思う。
 多くは面白がりながらも、そんなものに騙されはしないぞと、冷笑的な態度を保っていた。

 中には人心を惑わすペテンであると、強く非難する者もいた。
 そんなものは科学的にありえない、非科学的だと叫びながら、何とかトリックを見破ろうと試みた。
 おそらくは自分たちの、科学に対する絶対的な信頼が――信仰心が、冒涜されたように感じて許せなかったのだ。 

 だが自分の反応は、そのどれとも違う。
 そのような「奇跡」や、「超能力」があったとしても、少しもおかしくないと思う。
 非科学的とか言うけれど、科学なんていうものも、いい加減なものだ。
 科学はたえず進歩する、と言えば聞こえはいいが、要するに科学はいつでも、たちまち時代遅れになるような不完全なものでしかない。
 100年前の科学から見れば、今の時代に起きていることは、みんな「奇跡」である。説明がつかない、非科学的なことばかりだ。
 だとしたら今の科学で説明できないことが、これから起きたって、全然不思議はないわけだ。

 だからそのような「奇跡」や「超能力」があったとしても、少しもおかしくない。
 だがしかし、――だがしかし、それがどうしたの? スプーンが曲がったり、体が宙に浮いたりしたところで、何の意味があるの? 何がおもしろいの? 誰が得するの? 
 人類はもう、月まで行った時代だ。そんなテクノロジーこそが、人間の能力の延伸であり、はるかにずっと本物の「超能力」なのにちがいない。

 キリストがしたというように、めしいの目が開いたとか。ウクライナの戦争が、ぴったり止まったとか。――そういう奇跡なら、もちろん賛嘆する。でもスプーン曲げて、どうするの?
 ただの見世物でしょ。種も仕掛けも何もない、本当の超能力だったとしても、超能力の見世物だというだけの話なんだよ。
 あぐらかいてふわふわ浮いてるだけで、何の意味があるの? たとえそのままの恰好で、東京から大阪まで移動したとしても、電車で行った方がはるかに速いわけだから。

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 それが自分の反応である。
「そんなことして何になるの?」今風に言えば、ダレトクってやつだ。
 だが一番大切なのは、その前置きの部分だ。
 奇跡が起こりうるという主張を――超能力の可能性を十分認めたうえで、その無意味を指摘する。そういうやり方で、相手をやりこめているのだ。
 こういう論旨展開を、あるいはこういうレトリックを「譲歩論法」という。相手の言い分を。いったん肯定してから自説に移るので、Yes-But 法とも呼ぶ。

 譲歩話法は、百面相だ。
 つつましい、やさしい女性か何かがこれを使うと、表現を和らげるものとなる。自分の主張を押し付けずに、相手の意見にも敬意を払って尊重する、思いやりと受け取られる。
 話し方教室あたりで、こうした話術が推奨されているゆえんである。

 ところが誰かさんみたいに(笑)傲慢な人間が、論戦の際にこれを用いると、一転凶暴な武器となる。
 お前たちが必死になって、主張しようとしていることなど、初めからとっくにわかっている。すべての可能性を知ったうえで、一つ上の次元から論じているのだ。
 いわば全知全能の神が、神の視座から裁いているように――という具合に、逆に上から目線で、一刀両断しているように聞こえるわけだ。
 気の弱い論争相手は、このはったりだけで、ひびって引き下がってしまう(笑)
 論破の際には、きわめて有効な戦法なので、覚えておくとよい。

(話は次回に続く)

            

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