エロ本自販機と「泣き寝入り」詐欺

 40年くらい前に、エロ本の自動販売機というものがあった。
 恥ずかしくて堂々と本屋で買えないようなものは、夜中にこっそりそこに買いに行く。          
 あるいはまともな本屋にはとても置けないような、専用の「自販機本」もあった。

 もちろん昼間に買い求める者はないが、通りからもいかがわしい表紙は見えている。
 子供の教育上よろしくないと、いつからか自販機にはミラーフィルムが貼られるようになった。
 これがあると昼間は中身は見えない。だが夜になって辺りが暗くなり、自販機の中にだけ灯りがともると、一転して商品が確認できる仕組みなのだ。

 これがかえって、何とも言えずに淫靡な雰囲気をかもしだした。
 一面の暗闇の中に、遠目にも自販機の灯りだけがぽつんと見える。
 光はふつうに白色だったはずだが、「紅灯の巷」という言葉の連想からか、何だかピンク色だったような印象もある。
 それが色気づいたばかりの男子中学生には、いかにも刺激的だった。

 あの灯りの向こうで婀娜あだな年増のお姉さまが、しどけない姿で手招きをしている。
「こ・こ・よ」
と思わせ振りな口調で誘っている。
 そうしてやがては、まだ何も知らない少年たちに、やさしい手ほどきをしてくれるにちがいない。――
 と、期待に股間を(笑)ふくらませていたわけだ。

     *

 本に代わってビデオの時代となっても、今度は同じ自販機を使ってエロビデオを売ることで、命脈をつないだ。
 だがもちろん、ネットが出現すると一巻の終わりだった。
 ネットでいくらでもエロが手に入るなら、誰もわざわざ買い物になど行きはしない。
 我らがエロ本自販機は、こうしてようやくその歴史的使命を終えたわけだ(笑)――

 そう言えば、コンドームの自販機というものもあった。
 こちらもまた、夜間に大活躍した。
 もちろん昼間の薬局で、顔を見られながら買うのは恥ずかしい、というのもある。
 だがそもそも、急にそれ・・が必要になる時刻には店はもう閉まっているから、自販機に頼るしかなかったわけだ。

 もちろんこちらもまた、やがてすたれてしまった。
 今ではまとめて買い置きをするのなら、アマゾンを使えばいい。急に必要になったときも、深夜営業のコンビニにちゃんと置いてある。
 コンビニでも対面で買うのは気恥ずかしいから、自販機の需要もありそうなものだが、ほとんど売れない。
 ひょっとしたら、もうみんなナマでやっているのかもしれない(笑)

     *

 エロ本の自販機も、コンドームの自販機も、その歴史的使命を終えた。今ではそんなもの、利用するヤツは誰もいない。――

 だがしかし。
 だがしかしその割にはどちらの自販機も、いつまでも撤去されなかったと思わないか?
 現在はさすがにもう見かけることはないが、つい10年くらい前までは、そのくすんで錆さえまとった姿を、裏路地に晒してはいなかったか? 
 まるで遠い過去の時代の青ざめた 亡霊が、そうして今なお、この世を去りかねているかのように。――

 一体あれらの機械は、ちゃんと稼働していたのだろうか? ごくまれに、誰かがとち狂ってお金を入れたとしたら、ちゃんと商品は出てきたのだろうか。それともとっくの昔に故障していて、うんともすんとも反応はしないのだろうか。

     *

 うんともすんとも反応しない。――だとしたら。だとしたらひょっとしたら、それが店の狙いかもしれない。
 利用者はほぼいないとは言え、世の中には社会的弱者というものがいる。買い物難民がいる。
 たとえば色気づき始めたニキビ面の中学生は、他の手段ではコンドームを入手できない。エロ本に手を伸ばせない。自販機に頼るより他ないのだ。

 藁にもすがる気持ちで、なけなしの小遣いを自販機に入れる。だか機械はつれなくも、うんともすんとも反応しない。
 そのとき彼らは、店にクレームをつけるだろうか? 返金を申し出るだろうか。
 もちろんそれはない。
 そんなことができる度胸があるのなら、初めからコソコソと自販機など使いはしないのだから。

 要するに、泣き寝入りするしかない。
 これを店の側から見れば、実においしい話となる。何しろ商品など仕入れなくても、定期的に小銭を巻き上げてくれるのだから、笑いがとまらない。
 いわばちょっとした、詐取のための装置として機能する。 
 もはやほとんど使えないはずの、おんぼろ自販機がいつまでも片付けられずにいたのは、きっとそれゆえなのだ。――

     *

 もちろんそれももう、今では昔の話だ。
 この10年来は、そんなインチキ自販機の姿も見かけることはなくなった。
 だが詐欺の手口そのものは、今でもなお形を変えて残り続ける。

 やましいところのある人間の、心理の襞につけ込んで、泣き寝入りを狙ってかすめ取る。――
 たとえばネットで何かヤバい物を注文して、届かなかったとしても声は上げにくい。
 無料のはずのエロサイトを見て、急に料金を請求されたらあわててしまう。女房にバレたらどうしよう、会社に通報されたら社会的に葬られる、などと思い巡らすうちについつい支払ってしまう。

 結局はみんな同じことだ。
 相手の恥部を、すっかりと見透かして。身から出た錆だからと、できれば表沙汰にしたくない、被害者の後ろめたさを食い物にする。
 世にはびこるあまりにも悪質で、巧妙な「泣き寝入り詐欺」の常道なのだ。――

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