「河童」の由来は何か?
さまざまな異説があるが、かつて自分の知人が、とんでもない暴論を唱えていた。
いわく、ある種の遺伝子疾患が、この伝説の生き物の誕生にかかわっていると。
さすがに憚りがあるので名前は伏せるが、けっして珍しい病気ではない。千人に一人は見られるという、誰もが知るような先天性疾患である。
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知人に言わせると、貧しかった過去の日本社会では、頻繁に「口減らし」が行われた。
「姥捨て」などがその代表であるが、障害児もまたその対象となりえた。
この疾患を持って生まれた子供たちも、養えないと見るや、しばしば河原に打ち捨てられた。
本来ならそのまま餓死してしまうところだが、川辺には同様な障碍者の、コミュニティのようなものが出来上がっていた。
彼らは自然の中で、何とか食つなぐすべを知っていたから、捨て子を我が子として育てた。
というのも、彼らの多くは生殖能力にも欠損があり、自前の子供をもうけることはできなかったからである。
彼らはもちろん、世間から身を隠して暮らしていた。だが偶然に、鉢合わせすることもある。
無邪気な子供の場合であれば、村人にいたずらを、仕掛けてくることもあっただろう。
そんなとき人々は、「河童が出た!」と叫んだわけだ。――
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――そう言って知人は、二枚の画像を見せた。
一枚はしばしば描かれるような、河童の絵姿である。もう一方は、この疾患を持った児童の写真である。
「ほら、そっくりだろう」
言われてみれば、確かにとても似て見える。
ここでも伏字になるが、○○といい、○○といい、……さまざまな顔の特徴が共通である。
片方が片方の由来になったとしても、けっして不思議ではない気がしてくる。
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いやちょっと待てよ。だまされてはいけない。
これは詐欺師にありがちな、手口なのかもしれない。
河童の絵なんて、その辺にいくらでもころがっている。障害児の写真だって、これもまた無数にある。
その中でもっとも似ている二つを、選び出して組み合わせ、錯覚を誘っているだけかもわからない。
そもそも知人は民俗の研究者でも、歴史家でもない。根拠となる文献を示しているわけでもない。
よくよく考えてみれば、その主張もまた矛盾だらけだ。
そんなコミュニティがあるとしたら、たまさかに目撃されるだけではすむまい。
村人さえ食うや食わずの時代に、吹きっさらしの河原で、身体壮健とは言えない彼らが生き延びるとも思えない。……
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こうしてもっともらしい、証拠もどきを持ち出してきて、人心を惑わす。
根も葉もない風説で、いわれなき差別と偏見を助長する。
洒落だとしても、不謹慎ではすまされない。
悪意を伴えば、それこそ社会を混乱に陥れかねない。危険なデマや陰謀論とよばれるものも、きっと初めはこの手の、他愛のない嘘から始まるのだ。
荒唐無稽な謬説には、常に警戒が必要だ。いつでも眉に唾をつけて、疑ってかからなくてはならない。
実際自分もまた、この似非学者の語り手を、デタラメを言うなとどやしつけた。
それ以来縁を切って、その忌まわしい顔を、もはやもう二度と見ることはない。――
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