「企業・団体献金」ははたして是か非か

 企業・団体献金の是非が、しばしば国会で議論になる。
 ざっくり言えばこうだ。
 「企業が政党に対して献金すること」を禁止しろ、と野党は要求する。自民党は禁止を拒む。

 それだけを見ると自民党だけが金に汚く、野党は清廉潔白のように映る。
 だが野党だって「個人が・・・政党に対して献金すること」は認めている。

 金が欲しいのは変わらないわけだ。自分たちに献金してくれる企業なんて、ありっこないとわかっているので、そちらだけ禁止しろとゴネているだけなのだ(笑) 

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 政治には金がかかる、というのが彼らの理屈だ。その必要な資金を、献金でまかなっている。
 また憲法21条を解釈すれば、国民には「政治活動の自由」が保証されている。政党に献金するのも政治活動だから、認めるのが同然だというわけだ。
 さらに自民党は、企業も「法人」なのだから、同様の権利があると強弁している。
 
 だが自分の考えは違う。
 「政治に金がかかる」のではない。ただ彼らが、「金のかかる政治」をしているだけだ。
 それがてっきり当たり前の姿だと思い込み。そうではない・・・・・・、違う可能性を検討する想像力を失くしている。

 だってそうだろう。
 政治の本質は言論である。言葉で意見を述べ、言葉で人を動かす。そして言論そのものには、一円たりとも金はかからない。
 もちろん言論の伝達は、まったくの無料というわけにはいかない。だが今はインターネットの時代だ。ネットを利用すれば、 必要経費はかぎりなくゼロに近づけることはできる。

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 ビラを作って配る。ポスターを貼る。選挙カーに乗って連呼をする。電話で投票を依頼する。ハガキを出す。――選挙のときによく見られる光景だ。
 確かに金はかかるが、あれは本当の「政治活動」ではない。有権者の知性にいささかも働きかけることのない、ただの印象操作でしかない。即刻、全部なしにすべきだ。

 選挙期間以外でも、党員向けのお便りを郵送する。政策を訴えるリーフレットも作る。立会演説会もやる。でもその大半は、ネットで代用できる。
 リアルで必要な部分は、公的機関が全部面倒を見ることにする。
 選挙のときに、選挙広報が配られるだろう。テレビで政見放送もやる。あれは全部、公的主催だ。それと同じことを、ふだんの政治活動にも拡張していけばいい。
 そうすれば政治家本人に、金銭の負担はかからない。

 政党なら、建物を構えなくてはいけない?
 確かに日本共産党ですら、代々木に立派な本部ビルを構える。だがあれもネットを使って、バーチャルオフィスにしてしまえばいい。
 最低限の事務所だけなら、党員の四畳半のアパートで事足りる。

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――等々と言うように、本当は政治に金はかからない。
 ただ因習にとらわれた政治家たちが、そういうものだと勝手に決めつけているだけなのだ。

 もう一度、虚心になって考えれば、金をかけないやり方なんていくらでもある。
 だとしたらもちろん、献金も不要である。

 議論になっている企業・団体献金だけではない。個人からの献金も何もいらない。
 すべてを禁止にしてしまっても、何の問題もないのである。――

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<追記>
 維新の吉村洋文が言っていた。(注)
 「自民党は企業献金を受けている。だがそれを言うなら、立憲や国民民主も労組から献金をもらっているじゃないか」
 つまりは個人献金しか受けていない維新は、他の野党よりすぐれていると。
 自民側に寝返った維新を、批判する両党に反撃しているわけだ。

 そんな発言を聞くと、
「え? 団体って、個人の集合じゃなかったんかい?」
と思わずツッコミたくなる。
 両者を本質的に区別する理由なんて、本当は一つもない。
 個人献金が許されるなら、団体献金も許されていい。

 団体がダメだと言うのなら、維新がもらっている個人献金も全部返上して、――本当の「金のかからない政治」の方に、舵を切るべきなんだよ。……

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前々回投稿の追記>

 その後、ネットの連中がまた噛みついていた。
 なるほど高市首相の所信表明演説は、事前に原稿が配布されていた。だがそれはあくまで、出席した議員たちに対してだ。
 一般国民は内容を知らされていない。演説を聞いて初めて知るわけだから、それを妨害したヤジはケシカランと。

 張本人の立憲議員は、政治の向こうに国民がいることを忘れている。――と、しきりに「国民」という錦の御旗を掲げて、議員を辞職に追い込もうと画策していた。
 だがそれもおかしな話だ。
 マイクを使った演説をかき消すほどの、大声のヤジなんてありえない。
 多少聞きづらかったとしても、演説の内容は直後にはネットに出回る。翌日の新聞には一字一句までが掲載される。リアルタイムの演説は一般国民にとっても、単なるセレモニーでしかないわけだ。

 連中の本音は、要するにこういうことだ。
 「玉音放送」は襟を正して聞け。現人神であらせられる天皇陛下の――高市早苗の肉声は、直立不動の姿勢で拝聴せよ。
 せっかくの「バラまき・株高内閣」の方針に、茶々を入れるとは不敬罪だ。ましてや「裏金議員」と口走ったことは、必ず死罪に値する、不逞の行為だと考えたのだ。……

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