高市早苗が野党に呼びかけて、「社会保障国民会議」を招集した。
なんでそんな、取ってつけたようなアイデアが、突然浮上したのか?
本当は、減税なんてやりたくないからだ。
選挙目当てで、消費税減税をぶち上げた。だがその実施はあまたの困難を伴う。
実現したところで、財源確保に失敗すれば、国家の財政破綻の危険すらあるのだ。(参考過去投稿)
だがやりたくなくても、今さら後には引けない。そこで野党の連中を巻き込もうと考えた。
たとえ導入が遅れに遅れても、共同責任だ。うまくすれば「高市さんはがんばっているのに、野党がまた足を引っ張っている」と、事情にうとい国民が、また勝手に勘違いしてくれるかもしれない。
最悪の国家破綻が起きても。あなたたちだって賛成したでしょう、同罪でしょう、と言い逃れることができる。自分だけが責めを負わされることはない。
そのときのために 今からしっかりアリバイ作りをしておこうというわけだ。
狡猾な政治家がいかにも思いつきそうな、「名案中の名案」なのだ。
そんな高市早苗に――そしてその、あまり頭のよくない崇拝者たちに。ここは一つ、以下のありがたい箴言を献呈しておこう。……
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<強気に公言し、国を亡ぼす――高市早苗と「手打ちそばの原理」>
「ステレオタイプ(固定観念)」という言葉があるように、思い込みや先入観にだまされて、判断を誤ることがある。
たとえば「手打ちそばの店」という、看板があったとする。さぞおいしいんだろうな、と思わず入りたくなる。
だけどよく考えたら、手作りだからおいしいとはかぎらない。
手作りだから、機械で作った場合のようにおいしくは作れません――ということもありうる。
あまりの不味さに、店主に文句を言ってもムダである。
「手作り」なのは事実なのだから、詐欺ではない。一言も「おいしい」とは、書いていなかったわけだから。
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「頑固おやじの店」と評判のラーメン屋に、入りたくなる。
だがここも、全然おいしくない。
ただ店主が因業者の、頑固シジイなだけだった。
客にあれこれ注文をつけては、口うるさく罵っていた(笑)
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言葉の響きにだまされる、というだけではない。
どんな言葉であろうとも、高らかに謳われていると、きっといいものなんだろうな、と信じてしまう。
たとえば合成甘味料は、体に悪そうだからと、消費者はなるたけ避けようとする。
でもそれは、こそこそと隠そうとするからである。成分表示の最後の方に、細かい字で目立たないように載せているから、かえってあやしまれてしまう。
むしろ商品の広告の前面に、「合成甘味料配合!!」と、堂々と大書したらどうだろう。
何だかよくわからないけど、「合成甘味料」ってさぞかし健康にいいんだろうなと考えて、みんな競って購入するにちがいない。
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当人が胸を張って公言していると、その自信満々の態度に、誰もが無意識のうちに感化されてしまう。
とりわけ道理に暗い大衆は、コロリとだまされてしまう。
短所であれ、欠陥であれ、罪であれ。好ましからざるものは、隠すそうとするのが普通なはずだ。
だとしたら、隠していないということは、――大っぴらに吹聴しているということは、きっとそれはすばらしい長所なのにちがいない。
と、きわめて論理的に(笑)、結論してしまうわけだ。
消費行動だけではない。断言型の強気の政治家が、いつも支持者を集めるのもそれゆえである。
断言されている内容が実際どんなものかなんて、有権者たちの未熟な頭脳では、所詮よく理解できはしないのだから。――
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「大衆は大きな噓にだまされる」と公言した、かのアドルフ・ヒトラーしかり。
まあ昨今で言えば、そのヒトラーに私淑する(注)高市早苗なんてのも、その類いだ。
「サナエ・チャチャチャ」の歓呼で新総統に迎えられた高市も、早晩国を過つだろう。
危惧されているような右傾思想のためではなく、おそらくはむしろ、その経済面での失政のために。
そんなときにいつも泣きを見るのは。手打ちそばはおいしいと愚直に信じて、疑うことをつゆ知らなかった、キミたち下級国民なのだ。――
(参考動画はここ 初めに広告あり)
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