サラ金のA社から、返済の督促状が来る。
そこであなたは名案を思いつく。B社から借金をしてそれを返済に充てれば、懐は痛まない。少し余分に借りられれば、それでおいしい物でも食べればいい。
B社から返せと言われたら、今度はC社から少し余分に借りる。――そんなことを無限に続ければ、一生働かなくてもぜいたくに暮らすことができるはずだ。……
また政治家が名案を思いつく。
国の予算が足りなくなったら、増税なんかしなくても国債を発行して、買ってもらえばいい。
もちろん国債は借金だから、償還期限が来たら返さなくてはいけない。でもそのときは、別の新しい国債を発行して、返済に充てればいい。
そんなことを無限に続ければ、必要なお金はいくらでも調達できる。……
もちろんどちらの考えも、ただの浅知恵である。
サラ金は二、三社借りたあたりでブラックリストに載って、もはや新しい借金はできなくなる。
国債もやがて誰も買ってくれなくなる。
もちろんそのときは、日銀が無限にお札を刷りまくって、全部買い取ればいい。――だがそうすると、今度はハイパーインフレというのが起きて、国民経済が破綻するわけだ。(過去投稿参照)
ちょっと考えれば気がつきそうなそんな矛盾に、なぜ人は思い至らないのか。
アベノミクスやら、黒田東彦やら。高市早苗やら、参政党やら、国民民主やら。――みんな口々に同じことを言う。
なぜ彼らの詭弁に、人々はコロリとだまされてしまうのか。あるいはその妄信に、ついつい同調してしまうのか。
それはきっと、そこに必ず登場する「無限」という言葉と関係がある。
人間は有限な存在であり、「無限」は神の領域だ。
その概念を、人は本当の意味で理解することはできない。その未知の領域を覗き込んだ瞬間に、まるで深淵を見たように、目がくらんでしまう。
常識的なバランス感覚を失って、吸い込まれてしまう。正常な判断ができなくなる。
神が人を魅するように、無限は人を魅する。
誰もが神を信じるように、無限を信じてしまうのである。――
「ネズミ講」という金融犯罪がある。
摘発されても摘発されても、忘れたころにまたよみがえって社会問題となる。その正式名称も「無限連鎖講」である。
つまりは詐欺師たちもまた、リフレ派(注)の政治家と同じような手口で、ずっと人心をたばかってきたわけだ。
以下に参考として、ネズミ講についての初歩的な解説を自作しておいた。ぜひ一見してほしい。
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<ネズミ講についての世界でもっともわかりやすい解説>
「ねずみ講」というのをご存じだろう。
無数の変種が存在するので、一番わかりやすい、単純なモデルで確認してみよう。
たとえば
1.「ねずみ講」の新規会員となった者は、入会時に10万円の投資金を納入する。
2.その会員が、新たな新規会員を3人勧誘した場合、20万円の配当金を受け取ることができる。
のようなものである。
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あなたが講に入会し、10万円の投資金を本部に納めたとする。
そのままではもちろん、あなたの懐は10万円分赤字になっている。
しかしあなたは新たな会員を3人勧誘して、それぞれ10万円ずつの投資金を納めさせる。3人だから、合わせれば30万である。
そのうち10万はそのまま本部組織のものとなるが、残りの20万円は勧誘したあなたの手に入る、という仕組みだ。
もちろん今ではあなたの懐には、20万のお金がある。
つまりは10万円の投資金が、2倍になって還流し、10万円の利益が出たわけだ。
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それではあなた(親会員)が勧誘した、その3人の新規会員(子会員)の立場は、どうなるのか?
もちろんそのままでは、彼らの懐は10万円の赤字である。
しかし彼らのそれぞれが、さらなる新しい会員(孫会員)を3人ずつ、勧誘したらどうなるか?
先ほどとまったく同じ原理で、彼ら子会員もまた、20万の配当金を手にすることができるのだ。
そしてその孫会員たちもまた、――
つまりは勧誘に成功し続けるかぎり、 講に参加したすべての人間が 資金を倍にすることができる。
そればかりではない。同じ人間が何度も新規会員として、入会し直してもいいわけだから、倍々ゲームで資金を増やすことだって可能なのだ。
何というすてきなシステムだろう。これを考え付いたやつは天才だ、ノーベル賞ものの発明ではないか。
それどころではない。世界の人類全体を、まちがえなく幸福にすることができるのだから、イエスキリストよりすごいじゃないか。
(注:一人の親会員に、3人の子会員が。その3人から、それぞれ3人ずつで9人の孫会員が――そうして累乗されていく会員の増え方が、子だくさんねずみの繁殖に似ているために「ねずみ講」と名付けられた。法律用語としては「無限連鎖講」と呼ばれる。)
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そんなすばらしい発明品が、何で違法と目されているのか?
それはただ一点、このシステムの成功には、「無限に勧誘に成功し続けるかぎり」という、前提条件があるからだ。
どこかの段階で、誰かが勧誘に失敗すれば、その人物は投資金を回収できない。大損する、被害者となる。
たいていの場合は、途中まではうまく回るのだが、もちろんそれが無限には続かない。必ずどこかで行き詰る。
何しろ親から子へ、世代が後になればなるほど、規模が大きくなっていく仕組みである。新規参加者もだんだん揃いずらくなり、勧誘失敗の確率も当然上がっていく。
最後には必ず、誰かが損をすることになっている。何のことはない。倍々ゲームと思えたものは、実はただのババ引きゲームだった、というわけだ。
しかもその「誰か」は、一人とはかぎらない。それこそ何十万という参加者が、一斉にババを引くこともある。かくして被害者の会が結成され、集団訴訟が起こされることになる。
一方、何人が討ち死にしようが、本部は必ずもうけ続ける仕組みができあがっている。ねずみ講が詐欺商法に分類されているのは、それゆえなのだ。
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もちろんこんな、単純なモデルばかりではい。
もっと複雑でわかりにくく、さらに魅力的なシステムが工夫される。よく耳にする「マルチ商法」なんていうのも、おおむねこの類いである。
新手の手口が現れては、だまされる。
いずれもその本質は同じ、「無限連鎖」というトリックにすぎないのに。
確かにそれが無限に続くなら、誰もが大儲けできる。だが実際は、無限に続くことはないから、誰かが必ず損をする。
地球上の人間の数は有限なのだから、新規勧誘が無限に成功するはずがない。そんなことは普通ならわかりそうなものなのに、この場合に限っては、コロリと引っかかってしまう。
「無限」という概念は、いつでもかくも悪魔的な魅力をまとうものなのだ。――
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