女は心のどこかで、自分はフランス人形だと思っている。少なくともそう思いたがる。
けがれなく、可憐で、美しい。おとぎの国の王女のような存在であると。――
ところが現実の彼らは、四つ足の獣と何ら変わらない。悪臭を放つ糞を垂れ、経血を流し、肉欲に憑りつかれてベッドで悶え狂う。
理想の自己イメージと、おぞましい現実との乖離が女たちを悩ませる。
もちろん男だって獣であるが、そのことを隠しはしない。偽ることはないから、葛藤に苦しむこともないわけだ。
*
そんないわば半獣半神の生き物たちは、獣である半分をなんとか忘れようとする。
そのために、さまざまな自己否定の行動を編み出してきた。
笑ってしまうのは、公衆トイレの音姫(注)だ。
かの装置の、考案のいきさつはご存じだろう。
トイレをすれば放尿や、排便の「音」がする。女たちはそれを周囲に聞かれたくない。
それで彼らは用便中、水洗の水を流しっぱなしにした。そのすさまじい音量で、自分の「音」をかき消してしまおうというわけだ。
ところがこの行動のせいで、トイレの水道代がとんでもなく跳ね上がってしまった。
これではいけないと、例の擬音装置が導入されたわけだ。実際の水洗を真似た音を、しかるべき音量で出し続けてくれる。
これならわずかな電気代だけで、目的がかなう。シャネルで固めたフランス人形が、実はし尿を垂れ流す四つ足であることを、知られずにすむ。
他人ばかりではない。誰よりも本人自身が、そのおそろしい事実を認めずにすむ。
そんな欺瞞の構造が、そこには確かにあるのだ。
*
女も性欲に負けてせんずりをかく。自慰にふける。オナニーを楽しむ。
だがもちろん、その事実は絶対に他人に知られてはならない。できれば自分自身でも認めたくはない。
清純なフランス人形の世界観とは、けっして相容れるものではないからだ。
そこで女たちは、その得意技を用いる。すなわち「言葉の言い換え」である。
「自慰」や「オナニー」ではない。何かもっと新しい、オシャレな感じの西洋語で置き換えることで、淫猥のイメージを免れようというのだ。
かくして1980年代に「マスターベーション」なる新語が世に導入された。
なるほどこれなら、なんだかフランス人形でもやりそうな響きがある。というので女たちはもはや罪の意識に悩むことなく、安心してその習癖にふけることができたのだ。
*
だがそれから50年の月日が経った。
すると不思議なもので、あれほどオシャレに聞えた「マスターベーション」の用語も、耳慣れるとどこかあやしげな響きを帯び始める。
そこでまたしても、何かまた新しい言葉の言い換えが必要となる。
そのようにして選ばれたのが「セルフプレジャー(self-pleasure)」なのだ。
たとえばネットを調べると”iroha”なるサイトが現れる。(参考)
女性向けセルフプレジャーアイテムを提供するブランド
を自称している。
昭和風に翻訳すれば「女のオナニーグッズの通信販売」となる。だが「オナニー」を「セルフプレジャー」と、「グッズ」を「アイテム」と言い替えることで、女たちも抵抗感なく利用ができるというわけだ。
やってることは、要するに「せんずり」と同じなのだが(笑)
そのうえirohaにはもう一つ、すぐれものの戦略があった。
何とモデルの水原希子を「irohaアンバサダー」(笑)に任命したのだ。

つまりは大人のオモチャの宣伝隊長に雇った(笑)にすぎないのだが、その効果は抜群である。
それはそうだろう。自慰にはどうしても負のイメージがある。男に相手にされない、ヒキガエルのような不細工な女が。こっそり欲求不満を解消する。そんな感じがしてしまう。
だが水原希子はどうだ! 男はもちろん、女同士でも憧れる飛び切りの美女である。
もし水原希子がセルフプレジャーするというのなら、きっとフランス人形だってやっているにちがいない。
てことは、自分たちがやっても何の問題もない――という得体の知れない論理で、アイテムは飛ぶように売れているらしい。
こんなところにも、女たちの巧妙な韜晦の構造がある。
本当は誰がアンバサダーをつとめようと、ヒキガエルはヒキガエルのままなのに(笑)――
(次回「VIO脱毛」には笑ってしまうに続く)
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