あまりにも有名な『白雪姫』の一節である。
王妃が毒を仕込んだリンゴをかじって、白雪姫は息絶える。
小人たちがあらゆる手を尽くしても、生き返ることはない。今度こそ本当に死んでしまったものとあきらめて、遺体をガラスの棺に入れる。
そこに通りかかった一人の王子が、白雪姫を一目見るなり、死体でもいいからと白雪姫をもらい受ける。
(ウィキペディアより引用)
自分がどうしても引っかかるのは、この「死体でもいいから」の一文である。
もちろんその後の顛末は、ご存じの通りだ。仮死状態の白雪姫は、偶然毒リンゴを吐き出してよみがえり、めでたく王子と結ばれる。
だがそれはあくまでも、後知恵である。少なくとも今のこの段階では、登場人物の誰も白雪姫の死を疑う者はなかった。
そもそも蘇生を信じているのなら、手当は早ければ早いほどいい。その場ですぐに処置を行うはずで、連れ帰るのは不自然すぎるであろう。
だとしたら。
白雪姫の死を確信しながら、なおかつその骸を王城に持ち帰るとしたら。
そんなことをする動機は、たった一つしかない。
美しい少女の肉体を、思う存分賞翫する。そのためでしかありえない。ひょっとしたら王宮の置物にして、飾ろうとでも思ったのかもしれない。――
*
ひとの亡き骸に、そんなよこしまな思いを抱くなんて何というおぞましい――と思ったとしたら、それは形代(かたしろ)に呪力を認めた、未開人たちの感性と変らない。
純粋に合理的に考えたとき、それはそうではない。
私たちのかけがえのない霊性は、その魂にある。肉体はただ一時、魂が宿った「よりしろ」にすぎない。
切れてしまった電球が光をなくすように、魂の抜け出たあとの肉体には、もはやいささかの尊厳も、値打ちすら残っていない。
ただ丁重に葬るだけではない。極論するなら、生ごみと一緒に捨ててしまってもかまわない。
そしてその逆に、もしそれが十分に美しければ、剥製にして飾ることがあってもよい。――
そして実際、白雪姫の遺骸は息をのむほど美しかった。人の手になるどんな彫像よりも、生身の少女の寝姿が見る者の心を奪った。
だとしたら王子が、いとおしさのあまりそれに頬ずりしようとしたとしても、少しも不思議はないのだ。……
*
だがひょっとしたら、それはただ、頬ずりだけではなかったかもしれない。――
自分はついこの間、ラブドールについての記事を書いた。(さちこ16才――リアル「性人形」)
昨今では確かに、実物と見まがうほどの精巧なドールが製作される。

ほとんどアートと言うべき出来栄えだが、もちろんその目的はただの美的鑑賞ではない。
性人形であるからには、あくまで「使用」に耐える構造を備えていなければならない。(参照サイト 左画像をスクロール)
実際、一体50万円というようなドールを男性諸氏がこぞって買い求め、それぞれに褥を共にするという。……
そしてもちろん、あのとき王子の目の前に横たわった白雪姫の亡き骸は、もっとはるかに匂い立つ――最高級のドールだったにちがいない。
だとしたら王子の目的もまた、ただの賞翫ではない。
王宮に持ち帰ったそのあとに、姫の肉塊と情を交わしたい――そんな欲念に駆られたとしても、これもまた少しも不思議はなかったのだ。……
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その昔「墓守」と呼ばれる存在があった。
文字通り教会や寺院の墓を守る。――といっても、そんなにたいそうな仕事ではない。雑用をすべて引き受ける。要するに下働きである。
清掃や管理だけではない。不心得者や野犬たちが、墓を荒らすことのないようにたえず目を光らせる。――
亡霊の存在がまだ真顔で信じられていた時代に、ただでさえおどろおどろしい夜の墓場の警備など、もちろん誰もやりたがらない。
誰もやらない仕事を引き受けるのは、それより他の、ふつうの仕事に就くことのできない人種である。
あえて言葉は伏せるが、さまざまな被差別集団であったり、何らかの心身の欠陥を抱えていたり。だからこそ人の嫌がることをすることで、かろうじて口に糊するしかなかったわけだ。
もちろん、十人並みのしあわせとはおよそ縁がない。だがしかしそんな彼らが、本当にごくたまさかに、奇跡のような授かりものをたまわることがあった。
つまりはこういうことだ。
まだ医学らしい医学のなかった時代。若者たちの早世も珍しいことではなかった。そのうえ遺体は火葬ではない。そのまま棺に納めて土に埋められた。
だとしたらときには、それこそ白雪姫のような美しい令嬢が。花も恥じらう姿に死化粧すら施されて、葬られることもあったはずだ。
そのとき墓守は気づくのだ。
今しも自分の目の前に、雲の上の世界から一人の天女が降り立っていた。そのあまりにも精巧な人形(ひとがた)が、月明りの教会の墓所で、まさしく彼だけのものになろうとしている。
明け方までに埋め直せば、人に知られることもあるまい。少なくとも丑三つ時ごろまでは、そのぬくもりもまだ残っているのにちがいない、と。――
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