(前回のまとめ)
ついに薬物使用OKの国際スポーツ大会「エンハンスト・ゲームズ」が創設された。
西洋人はこのドーピングというものが大好きだ。
そこには彼らの科学信仰がある。
知性と科学の働きを借りて、動物的な自然の状態よりも「神」のいます霊的な高みをめざす。
そんなイメージが、彼らの行住坐臥を支配しているのだ。――
――以下はその前回の、関連投稿である。
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<かくも不思議なアメリカ人の科学観>
アメリカ人の科学信仰ときたら、ほとんど病的である。
食後の皿洗いでは、日本人は気が済むまで水で洗剤を洗い流す。
アメリカ人はまだ泡のついたまま、平気で食器かごに並べて乾かす。
中性洗剤なんだから別にいいでしょ、毒じゃないでしょ、と本気で信じている。
ていうか、中性かどうかの確認も、別にしていない。おおざっぱなものである。
科学者が調合してくれた液体が、ひょっとしたら毒になるかもしれないなんて、夢にも思わない。
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日本人は「薬品」という言葉に、どこかアレルギーがある。体にさわるものだ、というイメージがある。だから「薬」もあくまで必要悪で、できることなら、なるたけ飲まないようにする
だがアメリカ人は単純に、お薬はいいものだ、と信じている。
医者が処方してくれたものはもちろん、毎食後茶碗一杯分はありそうな、大量のサプリメントを掻きこんだりする。
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アメリカ人は、洗濯物を干したりはしない。洗い終わったら、でっかい乾燥機にぶちこむ。全部機械任せで終了である。
「外干し」なんて話を聞くと、まあ下着まで人目にさらすなんて、何て下品な野蛮人でしょうと眉をひそめる。
一方日本では、乾燥機はいまだ少数派である。買ったら高いし、電気代もかかる。
何でもかんでも電化製品に頼るのは、地球温暖化的にもいかがなものか。そんな意識高い系もいるかもしれない。
だがそれ以上に、みんな自然のままの、お日様が好きなのだ。お日様を一杯に吸い込んで、ふわふわになった洗濯物に頬ずりしたいのだ。
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アポロ11号で人類が、つまりアメリカ人が、初めて月に降り立った。――その興奮がいまだに尾を引いているのか。
それともそもそも、人類を月に送ったこと自体が、科学狂信の帰結なのか。
とにかくアメリカ人は、科学っていいものだ、と信じ切っている。
ぼんぼこガソリンを使って、排気ガスをまき散らしながら、車を乗り回す。自分の足で歩こうなんて、夢にも思わない。
これだって一種の科学信仰だろう。
自分の手でハンドル握って、マシーンを操る。科学を手中にしている、という感覚がきっとたまらなくうれしいのだ。
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日本人あたりなら、そうそうすぐに新製品には飛びつかない。
何かうさんくさいものを見つけて、まずは眉に唾を付けてかかる。
科学はあくまで必要悪であって、できうればなしですませたい。 天然自然のままの、ライフスタイルの方が無難だ。
便利ではあっても、あまりにも人工的なものは何か気持ち悪い、という感覚がある。
アメリカ人にはそれがない。弊害なんて思いもよらない。健やかに、つゆ疑うことなく、科学の善を信じている。
まるで乗り捨てるように、次々商品を買い替える。それを人は「消費社会」と呼ぶが、内実は科学狂騒曲に、踊らされているだけだと思う。
新製品が出たら、あわてて買ってみる。新兵器を開発したら、さっそく試してみる。原爆だって、すぐに使ってみた。――
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あの国のスポーツには、ドーピングが付き物だよね。
オリンピックはもちろん、大リーグだってなんだって、すぐにクスリをやる。
別に国家に強要されたわけではない。アメリカ人は個人単位で、自らの意志で、好んでドーピングをやる。
金と地位と名声が目当てとはいえ、命と健康を平気で犠牲にするんだから救いがたい。
科学の力で、サイボーグかロボットのような、超人的な力を手に入れる。そんな神話が心のどこかにあるかぎり、誘惑には抗しかねるんだろう。
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農作物には、ひたすら農薬をぶっかける。
育てるときだけではない。収穫が終わった後も、日持ちがするようにと、ポストハーベスト(注)のシャワーを浴びせる。
おそろしい。気持ち悪い。どうみても毒薬だろう。
確かに中国人も、同じようなことをする。でもそれは、中国人が悪党だからだ。
有害なのはわかっていても、金になりさえすればそれでいい。とりあえず売りさばいてしまえば、あとは消費者がどうなろうと、知ったこっちゃないわけだ。
だがアメリカ人は、悪党ではない。ただのバカなのだ。ひたすら科学を礼賛するおめでたい国民だから、洗剤のときと同じで、科学の賜物の農薬が体に悪いなんて、夢にも思わないのだ。
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何だかとりとめのない話になってしまったが、あいつらがとりとめのないバカなんだから、しかたがない(笑)
あのアメリカ人という、得体の知れないやつらはね。――
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