このあいだテレビで、実写版を放映していたので思い出した。
『ふたりエッチ』というマンガがある。
1997年に始まって、今でも青年誌に連載中だというから、とんでもないロングヒットである。
処女と童貞のまま結婚した、若いカップルの物語だ。
初めはぎこちなく始まった「夫婦生活」を、文字通りふたりで、手探りで学んでいく。ほのぼのとしたお色気コメディーである。
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出色の名作である。なにしろ目の付けどころがよかった。
歴史を振り返ってみればわかる。
そもそも自分の親の世代までは、結婚するまで経験がないのが当たり前であった。マンガに描かれたようなドタバタは、ごくありふれた光景だったのである。
だが時代は変った。そんなのは古すぎる。おもしろくないというので、自分の次の世代あたりから(笑)ありとあらゆるアブノーマルが追求された。
婚前交渉あり、不倫あり、自慰もSMも乱交も何でもありになった。
だがそのうちにみんな、ハチャメチャにも飽きてしまった。
それはそうだろう。
かつてはアブノーマルであったものが、普通になってしまったら、もはやそれはアブノーマルではない。
何の刺激も興奮もない、平板な性愛に堕してしまう。
すべてがやりつくされてしまったように見えるこの時代に、まだ誰も足を踏み入れていない最後のフロンティアはないのか? 胸を高鳴らせてくれる――ハアハアと鼻息が荒くなるような(笑)変態行為はもう存在しないのか?
そう思ってあたりを見回したとき、マンガの作者は気が付いたのだ。コロンブスがアメリカ大陸を見つけたように(笑)発見したのだ。
処女と童貞の結婚こそが、それなのだ。
かつてはどんなに当たり前だったにせよ、今ではもう誰もそんなものはしていない。てことはそれこそが、 現在の究極のアブノーマルだ。
そこには倒錯の営みだけがもたらす、えもいわれぬエロティシズムと、ときめきがきっとあるのにちがいない――そんな逆転の発想だった。
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何よりもネーミングが秀逸だった。
未経験の純真な夫婦が、ぎこちなく性体験を積み重ねていく――それが当たり前であった時代には『ふたりエッチ』などというタイトルは成立しなかった。そんなもの、二人でやるものに決まっていたからだ。
それから性の解放が始まり、あまたの変態行為が公認された。
「ひとりエッチ」なる造語が生まれたのも、そのころである。
平板な男女の性愛に対するアンチテーゼとして、自慰にさえ市民権を与えようと。そんな試みの一貫として、それまでの「オナニー」に代わるマイルドな呼称が考案されたわけだ。
だが今や、逆に伝統への回帰が(笑)起こった。
アブノーマルに飽きてしまった連中が、夫婦の寝室に立ち戻った。
だったらひとりエッチもたいがいにして(笑)また奥さんと二人で励もうじゃないか――というので「ふたりエッチ」という逆説が編み出されたわけだ。
結婚生活をもじったはずの「ひとりエッチ」を、いわばもう一度もじり返した。それは性の文化史の「逆転の逆転」を見事にとらえた、これ以上ないタイトルだったわけである。
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マンガの爆発的なヒットは、一つにはこのタイトリングの成功によるところが大きい。
書籍にかぎらず、商品の売れ行きなんて半分は商品名のいかんで決まる。
これから一山当てたいと思っている諸君は、ぜひ覚えておきたい心がけである(笑)
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