公園にゴミ箱がない 

 わが家の敷地の隣に、児童公園がある。

 一戸建て四軒分くらいの面積なのだが、そこにゴミ箱らしきものが一つも置かれていない。
 管理する市役所の、理屈はこうである。
「当自治体ではゴミ収集は有料化されているが、公園にゴミ箱を設置すれば、家庭ゴミが不当に持ち込まれるケースが想定されるので」

 そんな彼らの主張の、矛盾に気づいただろうか?
 公園にゴミ箱があれば、家庭ゴミを不法投棄する者が現れる――これはいわゆる、人間の性悪説である。
 だがしかし、もし公園にゴミ箱がなかった場合、例えばそこで飲食をした利用者は、そのときに出たゴミをどう始末するのだろうか?

 各自がその家庭まで持ち帰って、処分するはずだ――それが彼らの言い分なのだが、そんな期待は明らかに性善説に基づいていて、前段の想定と整合が取れていないのだ。
 市役所職員程度の頭脳では、自らの施策のそんな論理的破綻に、少しも気づくことができないのだろうか?

 正しいのは、もちろん性悪説である。
 誰一人飲み食いのあとの、ゴミを持ち帰りなどしない。
 半分は隣接する我が家の、ゴミ捨て場にこっそり捨てて帰る。
 半分はそのままポイ捨てだが、近所の奇特な住民が毎朝清掃ボランティアをしているので、いずれも表面化していない。
 だから一見波風は立っていないが、住民の善意に頼った行政など、あまり格好のいいものではない だろう。

 ちなみに前段の性悪説にも、事態の誤認がある。
 公園にゴミ箱を設置すれば、家庭ゴミが不当に持ち込まれる――だがしかし、ゴミの不法投棄を企てる性悪な輩にとって、ゴミ箱の有無など初めから問題ではない。
 持ち込んだ家庭ゴミは、公園にゴミ箱があればゴミ箱に入れていくし、なければそのまま公園の敷地に放り捨てるだけである。
 なにしろ霊峰富士のふもとにさえ、ゴミの山を投棄するような連中なのだ。地元のちっぽけな児童公園を汚すことなど、いささかの良心の咎めも感じるものではないだろう。

 市役所職員程度の頭脳では、そんな最低限の想像さえ働かすことはできないのだろうか?――と、まるで市役所に個人的な恨みでもありそうな口ぶりである(たぶんある 笑)。

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