(話は前回から続く)
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私たちはその属性でのみで、語られるべきではない。
性別や出自や年齢のような分類に、過度に着目すべきではない。
目の前にいるのは、そんなすべてのレッテルを剥ぎ取った一個の、トータルな人間である。一つとして同じもののない、かけがえのない存在だ。
女だから。その年齢の割には。貧乏人のくせに。あるいは容姿だってそうだ。
そういう言い方で、一括りにするのはよくない。すべての付加的な情報を忘れて、対等な個人として扱われるべきだ。
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立派な哲学である。
そしてこの考えを、性別に関して押し進めたものが「ジェンダーレス」である。
たとえば就職活動の履歴書に、性別欄はなくすべきだ。
女性であるという先入観が不利に働いて、採用差別につながるからだ。
そもそも仕事をするのに、女も男も関係ないだろう。会社に入った後も、男女の別を意識せずに、同等に扱われるべきなのだ。
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もっともな主張である。もろ手を挙げて賛成である。
だが、ちょっと待てよ。それじゃあ国会議員や、大臣はどうなるんだ。彼らの場合だって同じなはずだ。
衆参合わせて713名。石破内閣の閣僚19名、目の前にいるのはその誰もが、すべてのレッテルを剥ぎ取った、一個のトータルな人間である。
男でも女でもない。出自も年齢も関係ない。
一人一人が同じで政治家であり、その能力によってのみ、語られるべき存在なばずだ。
それなのにどうして、ことさらに「女」に着目して、数え立てたりするんだ? 女の数が少ない、差別だ、などとわめくんのだ?
関係ねーだろ。男も女も関係ない、みんな同じ政治家じゃなかったのか?
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さっきまではジェンダーレスと言ってたやつらが、ここでは「ジェンダー命」とばかりに、性別にしがみついている。
正反対の価値観を、自分に都合がいいように、場面によって使い分ける。
これを「ダブルスタンダード」と言って、節操のない悪党がよく用いる手口である。
だがしかし彼らの場合は、きっとそうでない。
悪党はすべてをわかった上で、論理をすりかえる。詐術を用いる。
だが彼らは、そういう知能犯ではない。
彼らは生来頭が悪いので、自分たちのやっていることが、何が何だかわからなくなっている。
そこに矛盾があることに、――自己撞着を起こしていることに、まるで気づいていないわけだ。
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そもそも属性に――差異にこだわるなら、そこにあるのは性差だけではあるまい。
年齢、貧富、出身地、知能、体形、血液型……挙げだしたらきりがない。
そのすべての項目について平等になるように、国会議員の席を配分するのか。閣僚の顔ぶれを決めるのか。
そんなことができるわけはない。するべきでもないだろう。
それなのに、男女の別だけを特別に取り立てて、同数を要求する。
ご無体な、不条理以外の何物でもない。――
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<追記>
以上は実は、自分の過去投稿の再録である。要約版である。
ただ読者の便益に供するために、たまにはそんな「まとめサイト」を設置するのもありかな、と考えた次第である(笑)
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