「阿部詩の件」のもう一つの視点

 自分が応援しているものは、他のみんなにも応援してほしい。
 自分と同じように夢中になっている仲間がいれば、たちまちその仲間のことも好きになってしまう。意気投合してしまう。
 そんな人間の心理を巧みに利用したのが、「国民栄誉賞」なる制度である。

 一躍時の人となったヒーローに賞を授与して、首相も一緒にテレビに映り込む。
 肩かなんかを叩きながら、言葉を掛けつつ、盾を贈呈する。
 国民なんてチョロいもんだから、その姿を見れば支持率の20~30%くらいは、すぐに上がるだろう――と、そういう仕掛けなのだ。

 今もっとも、このイベントを必要としているのは、もちろん岸田文雄である。
 なにしろ支持率は、歴史的な低水準にあえぎ、政治生命は風前のともしびである。
 何とか起死回生の道を、探さなければならい。

 と思ったら、何という悪運の強い男であろう。
 今しもこの、オリンピックの季節が訪れたのだ。

     *

 かつては大谷翔平に栄誉賞を贈ろうとして、つれなく袖にされた苦い経験がある。
 だが今度は大丈夫だろう。
 何しろ金メダル候補は、うじゃうじゃいるのだ。

 もっともただ金メダルだけでは、栄誉賞には無理がある。
 そこに何らかの物語が加わらなければ、ヒーローとはなりえない。
 本当は池江璃花子が勝ってくれれば、一番よかったのだ。「白血病の悲劇からの奇跡の復活」となれば、これ以上の美談はありえない。
 国民は全員、滂沱ぼうだの涙を流す。その涙で目くらましを食らわせて、その隙にこっそり支持率を上げることができる。

 だがそもそも、池江の前評判は高くなかった。
 他に候補はないものかと探していたら、目に留まったのが阿部兄妹である。
 何しろ日本の国技に等しい柔道で、兄妹そろって連続金メダル、ということになれば、歴史的な快挙である。栄誉賞の資格に、異論を唱える者はよもやあるまい。

 これだ! と岸田は自身の命運を兄妹に託した。
 勝利も確実視されていたから、その日の来るのを、どれほど首を長くして待ち焦がれていたことか。――

     *

 だが結果は、ご存じの通りだ。

 もちろん兄の金メダルだけでも、2連覇なのだからヒーローの資格はある。
「妹の悲劇を乗り越えて」という浪花節を加味すれば、十二分に受賞に値するかもしれない

 だがそれだけでは、やはり少しインパクトが足りない。岸田文雄のけちょんけちょんの支持率を、回復するには到底およばない。
 それどころか、かえって政治家の魂胆を見透かされて、裏目に出る。さらに支持率崩壊、なんてことにもなりかねない(泣) 

 やっぱり絶対に、兄妹同時受賞でなければならなかった。
 もはや万事休すだ。オレの悪運も、あっさり尽きてしまった。
 もう総裁再選の道はない――と、岸田も阿部詩の号泣と一緒に、官邸で朝まで泣き明かしたらしいよ(笑)

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