「オネエキャラ」をテレビから駆逐せよ

<「オネエキャラ」をテレビから駆逐せよ>

 LGBTに別に異論はない。だがテレビでよく見かける「オネエキャラ」の連中は、実に腹立たしい。
 あいつらって根っからあんなしゃべり方なのか、芸能界で生き残るための戦略なのか。――いずれにしても、その存在が同性愛に対する偏見を助長している。
 コミカルの文脈で、笑われ役を買って出る。イジメとは言わないまでも、イジリの対象であることに甘んじる。

 新宿二丁目のオカマバーじゃあるまいし、現実の世界であんなのは見かけたことがない。
 普通の同性愛者は、もっとまともに生きている。詰襟を着たり、スーツを身にまとってまじめに仕事をしている。  

 異性愛者と同じように、恋に胸焦がす。せつない思いでため息をもらし、甘い気持ちで詩を綴ったりもする。
 少数者であることの煩悶もある。
 そんな本当の姿を、「オネエ」たちの珍奇な服装や言葉遣いが見えなくしてしまうのだ。

 もちろんストレート(注)なお笑い芸人がいるように、クィア(注)が笑いを取ってもいい。
 それは事実だが、どう見てもやりすぎだろう。ウケ狙いの有害コンテンツ以外の、何物でもないと思う。

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<「無痛分娩」批判の正体>

 最近は無痛分娩というのが流行っているらしい。
 お産のときの痛みを、薬物で軽減してくれる。

 大変結構なことじゃあないか、と思ったら、当の女性陣から疑問の声が上がっているらしい。
「産みの苦しみ」こそが母性愛をはぐくむ。痛みと引き換えに、生まれてきた赤子をいとおしいと思う。そんな女の業(ごう)に背を向けるのはいかがなものか、と。

 でもそれって、ただの経産婦のやっかみだよね。
 自分たちはあんなに痛い思いをしたのに、これからの若い子だけがそれを免れるなんて。
 ズルすぎる。お前たちもちゃんと難産しろ、ってわけだ(笑)

 いや、それほど人の悪い話ではないかもしれない。
 人間は誰しも、自分の過去の苦労を美化したがる。意味があったと思いたがる。
 あのときの経験があったから、現在の自分があるのだと。
 でもやっぱり、それもあまり合理的な思考とは言いがたいだろう。

 そもそも、彼らの言い分が正しいとすれば。本当に出産の痛みが愛情をはぐくむとしたら。
 男たちは永遠に、自分の子供を愛せないことになる。
 いや、それ以上に。イボ痔のときにやっと出したウンコには、愛情を注がなくてはならない(笑)

 そんなもの、 スルッと出た方がいいにきまっているだろう(笑)

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 またこういうことを言うと、「お産を排便扱いするのか」と、きっとどこかからクレームがつく(泣)……

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<女子は理系に進まず、関西人は納豆を食べない>

 女子の理系進学者が少ない。
 8歳までの子供を調査すると、数学の能力に生来の性差はない。
 それなのに小学校に進んだあたりから、ジェンダー・バイアスにぶち当たる。男の子の方が頭がいいとか、女子に理系は向かないと、親も教師も決めつける。女の子本人も、いつのまにかそう刷り込まれてしまう。
――と、例によって朝日新聞の女性論客が嘆いている。いかなる対策を講じるべきかと。

 だがオレに言わせりゃあ、噴飯ものだ。何で男女同数でなくちゃならないんだ? 本人たちが行きたくないと言うものを、無理やり理系にさせる必要はないだろう。
 たとえば関西人は、関東ほど納豆を食べない。生来の体質に違いはないはずなのに、この偏りは不条理だ。もっと関西人も納豆を食べるように、社会の仕組みを変えていかなくてはいけない、――とでも主張するのか?

 そもそも連中の論法は、理系の方が文系よりも優位という、無意識の前提に基づいている。すぐれた職業に女性が就かないのは、差別だとワメいているわけだ。
 だがその発想自体が、偏見以外の何物でもない。
 文系だって理系と変わらず、立派な進路だ。そのすばらしい分野を、男子が選択しないことをどうして問題視しないのか。

 というわけで、ヤツらがあまり馬鹿げたことをホザくものだから、オレまでも馬鹿げた反論をしなくてはならない。
 まあ、いわゆる「またつまらぬものを斬ってしまった」(注)ってパターンだな。

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