プロ野球(NPB)に日本シリーズというものがある。
その年のセ・パ両リーグの覇者が、シーズンオフに日本一を懸けて争う。
最大7戦が行われ、先に4勝したチームが勝者となる。
長丁場なら実力通りの結果が出るが、こんな短期決戦では番狂わせも多い。
たまたま調子を落としたチームは、立ち直る前にシリーズが終わってしまう。
リーグ違いでふだんは顔を合わせないから、情報戦の側面もある。
とりわけ監督の采配が、物を言うのは言うまでもない。
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凡庸な監督なら目の前の一試合一試合を、必死に勝ちに行く。だが一流の軍師はそれをしない。
七試合のうち四つを勝てばいいのだから、残りの三試合は捨ててもいいと考える。大局観で物を見ているわけだ。
もちろんわざと負けるわけではない。ただ限られた戦力を、勝ち試合だけに注力する。
エース級のピッチャーを温存する、なんていうのが典型的なパターンだろう。
とりわけ最初の第一戦は、無理に勝とうとはしない。むしろ二戦目以降の、布石を打とうと考える。
相手チームの探りを入れる。煙幕を張って、こちらの手の内は見せない。ときにはわざと偽情報をつかませて、幻惑しようと試みる。
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ある名監督が、こんなトンデもない手口を考えた。
シリーズ初戦は捨て試合でいい。その代わり相手チームの戦力を大きく損なうような、作戦を実行しよう。
たとえば相手の主力打者に、思い切り死球を食らわせる。しかも首から下ではなく、頭部を狙う。いわゆる「ビーンボール」というやつだ。
打者がケガをして、その後の試合は欠場ということになれば、どれだけ自軍は有利だろう。
たとえ出場は続けられても、ボールへの恐怖心は残る。腰が引けて、当分の間は本来のバッティングを取り戻すことはできない。
もちろん故意にぶつけたとバレれば、大問題になる。
そこで選ばれたのが、こんな状況だ。
アウトカウントは忘れたが、相手チームに満塁のチャンスがあった。
ここで死球を与えれば、押し出しで相手に点数が入ってしまう。そんな場面でビーンボールを投げるヤツなんているはずもない。誰もそうが考える
そんなおめでたい思い込みの、――ステレオタイプの発想の裏を掻いたのだ。
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監督は自軍の投手にビーンボールを命じた。
迎えた打者は四番のスター選手だ。ボールはヘルメットをかすめ、打者はあっ、と声を上げてひっくり返った。
幸い大事には至らず、押し出しの一点が入って試合は続行された。
普通なら乱闘になるシーンだ。審判だって厳しい処置を取るべきだろう。
だがまさか満塁で、故意に死球を当てるとは思えない。得点もできたことだし、敵陣のファンもむしろ、やんやと喝采を送っていた。
実際その一点が響いて、ゲームは敗戦に終わった。
だがそれで構わないのだ。所詮は最初から、捨て試合だったのだから。
すべては目論見通り。死球をくらった四番打者は、すっかりバッティングを崩して、二戦目以降は事あるごとにブレーキになった。
そして結局、蓋を開けてみれば。
四勝三敗でシリーズを制したのは、もちろんこちらの「名監督」だった。
古だぬきの狡猾な戦略に、誰もがまんまとしてやられたわけだ。
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そんなふざけたことが、まかり通るはずはない。
誰も読まないブログの著者が、また下手なブラックジョークをかましている?
だが、否。
名前こそ伏せてはいるが、上記の内容はすべて実際にあった出来事である。
1989年の野球規則の改訂で、危険球に対する対処は厳しくなった。
だがそれ以前、まだ自分が熱心に野球中継を見ていた40年くらい前までは。
もちろん公然とではないが、ビーンボールは確かに作戦の一部として認識されていた。
名監督と言われる連中ほど、平気で自軍の投手に「ぶつけろ」のサインを送っていたものなのである。――
(話は次回に続く)
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