<援助交際白書> 女子高生のアソコが初めて見れました

 インターネットがこの世に登場する以前から、無修正の動画というものは存在していた。

 堂々とは売れない。アングラの世界でひそかに流通していたので「裏ビデオ」と呼ばれていた。
 中でも『援助交際白書』というシリーズが、出回ったときには目が点になった。

 それまでは見ることのできなかった、女子高生の性器が写っていたからである。

     *

 その当時、毛の生えていない小中学生のワレメは合法とされていた。(少女のワレメが合法だったあの時代
 その手の写真集は、街の本屋で普通に手に入れることができた。
 一方成人女性のものなら、それまでの裏ビデオでいくらでも見ることができた。もちろん実地でも、体験することはできたであろう。

 ところが両者の間の、おおむね15歳から18歳くらいの年齢については、ブラックボックスのままだった。
 少女と大人の間をつなぐはずの、この女子高生なる生き物はいわば「ミッシングリング」(注)であった。
 それは一体、いかなる姿をした、いかなる生態のものなのか――学者たちはその探求心を、そそられずにはいなかったのだ(笑)

 だから『援助交際白書』は、マニアの垂涎すいぜんの的となった。
「涎(よだれ)」がどこから垂れたのかは、もちろん言うまでもない(笑) 
「食指」が動いて、みんな我先に買い求めた。――

     *

 まだ「淫行条例」も「児童ポルノ法」もなかった時代である。
「援助交際」という言葉が生まれたのも、ちょうどそのころであった。

 放課後のセーラー服の女子高生が、渋谷の街角あたりで通行人の男に声を掛ける。
「おにいさん、私と遊んでくれませんか?」
 要するに街娼の売春と同じなのだが、少しオブラートに包んだソフトな呼び名をつけた。 
 交渉に際して「若干の援助をお願いします」のような、婉曲な言い回しをしたからである。

 客の中にはカメラの心得がある者もいて、現場を撮影させてくれと頼む。
 いわゆる「ハメ撮り」というやつで、男が行為をしながらハンドカメラで逐一を撮影する。
「あとで自分で見て楽しむだけだから」というのが定番の言い訳だが、中には業者に売り払って金に替えるやつもいる。
 そうして無知な少女たちを、何十人もだまして出来上がったのだか、『援助交際白書』だった。

     *

 もっとも性器が「写っていた」というのと、「見えていた」というのは必ずしも同じことではない。
 出回っていたビデオは、ダビングを繰り返したあげく、画質がきわめて劣悪なものばかりだった。(裏ビデオのジレンマ

 写っているのは確かだが、鮮明には見えていない。少なくとも鑑賞に耐えうる映像ではなかった。
 もし今になって見返したとしたら、即削除になりそうな駄作ばかりだったろう。
 だが当時の受け止めは、そうではなかった。
 鑑賞なんてどうでもいい。ただ高校生の股間が拝めるという、その事実自体に意味があった。それだけで、十分に興奮できたのだ。

 確かによくは見えないが、そこに写っていたものは、成人女性のそれとつゆ変わらない姿をしてた。
 それはそうだろう。第二次性徴を経た少女は、もはや少女ではない。
 可憐なセーラー服に身を包んではいても、その中の身体はきっと大人たちと少しも変わらない――そのことは理論的にも、初めから十分に推察できた。

 だが今、こうして目の前のビデオの映像によって、実際にすべてが確認された。
 自分たちの仮説の、正しさが立証された感動で、学者たちはかならず随喜の涙を流した(笑)

     *

 中でも印象に残ったのは、『女子高生4P 性のプロローグ』なる作品であった。
 大阪の女子高生の仲良し3人組が、何と援助交際で処女を失う。その現場を、ハメ撮りカメラで記録したドキュメンタリーである。

 3人のうちの2人は、十分上玉の容姿だったから、本来なら鼻血モノのはずだ。だがここでもまた、画質の問題が足を引っ張る。
 むしろ関心はエロを離れて、そのにわかには信じられないシチュエーションの方に向かった。

 女の子は一人ずつベッドに呼ばれるから、残りの二人はギャラリーとなって行為を見守っている。
 そこで交わされる会話のやりとりが、いちいちおもしろかった。
 たとえばギャラリーの一人が、挿入中の友だちを励まそうと声を掛ける。
「トワ、がんばって。だいじょうぶ? 痛くない?」
 トワと呼ばれたベッドの少女が答える。
「だいじょうぶだよ、痛くない。き、気持ちいい……」 
 それを聞いて、時間差でまだ処女のままのギャラリーがぶったまげる。
「えっ? 気持ちいいの!?」
 と、万事がこんな具合なのだ(笑)

    *

 とりわけ3人のうちの1人が、幾度となく繰り返す後悔の言葉が出色であった。

 後悔と言えば、ふつうはこう思う。
 愛する人に捧げるはずの大切な処女を、お金のために売り渡してしまった。そんな自分の情けない選択を、いまさら悔やんでいるのだろうと。

 だがこの子の後悔は、全然種類が違う。ひたすらその金額が安すぎたことを、愚痴り続けているのだ。
「安すぎるわ」「友だちには処女で、10万もらった子もおるんやで。……ウチら処女3人セットで、5万はお得すぎるわ」
「失敗したわ。安すぎたわ」と、金額交渉でもっと吹っ掛けなかったことを、ただただ悔やんでいるのだ(笑)
 
 今どきの女の子たちの気質ときたら、かくまでもドライなものなのか。
 それとも関西人の「もうかりまっか」の精神が、若者たちの心まで、もうすっかり蝕んでいるのか。
 いずれにしても、どんな掛け合い漫才よりも「笑える裏ビデオ」であったことは間違えなかった。――

参考過去投稿:さちこ16才――リアル「性人形」の昨今

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