「王権神授説」というのがあった。
王の権威は、神から授かった絶対のものであり、侵すべからざるものだと唱える。
もちろん唱えているのは、王様本人と、王様にヨイショしている取り巻きの学者だ。
神様とか言っちゃって、おとぎ話かよ、と笑う。
もとより王の支配なんて、一人の人間が力づくで、無理やり国を牛耳っているわけだ。
神様でも持ち出すより他に、正当化のしようがないんだろう、と皮肉る。
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だがしかし、そうして嘲笑う当の連中が。合理主義者を自称しながら、一方で「天賦人権」などと言う。
「天賦」ってことは、天が授けたってことだ。天というのは、神のことだ。
何のことはない。「人権神授」と言っているのと変わらない。やはり荒唐無稽な、おとぎ話なわけだ。
ただ古い迷信に、新しい迷信が取って代わっただけだ。
人権なんて、そんなものもらった覚えはありません。オレだけもらい損ねたのでしょうか? と茶化すやつが現れても、けっして不思議ではない(笑)
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「天賦人権」も、「王権神授」と同じ、世の中を治めるための「仮構」である。
仮にそういうことに、しておきましょう。仮にそういうストリーで政治を動かせば、万事がうまく回りますよ、と。みんなで仮にもうけた、便宜であるにすぎない。
別にそれが、悪いというわけではない。立派な統治の手法だと思う。
だがそれが仮構にすぎないことを、いつのまにか忘れはてて。不動の真理であるかのように、取り違えてしまうのはいかがなものか。
口角泡を飛ばしながら「人権侵害だ」などとわめいているのを見ると、ただ笑ってしまう。
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「人権は絶対不可侵としておこう」とは言いながら、あくまで仮構にすぎないわけだから、本当は絶対不可侵ではないわけだ(笑)
いざというときが来たら、そんなもの知ったこっちゃない。
ちょうど地動説が天動説に取って代わったように、またきっと、新しい物語が取って代わる。
ただそれだけのことなのだ。――
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