オリンピック「性別問題」

 今の世の中、性別問題の議論が絶えない。

 その中で「男性器をぶら下げた、自称女性が女湯に入ってきたらどうするのか?」という、恐怖のシナリオがしばしば語られる。

 だがオリンピックの世界では、もっと現実的な脅威が、すでにパニックを引き起こしている。筋肉モリモリのバケモノどもが、女子競技にもぐりこんでいるのだ。

     *

 パリ五輪で言うなら、ボクシング女子のイマネ・ケリフ(アルジェリア)がそうだ。
 ケリフは昨年の世界選手権では、DNA検査で「XY染色体あり(=男性)」と判定されて、出場権をはく奪された。だが今回の五輪の基準では、女子としての出場が認められた。

 当然のことながら、その「男性パンチ」で、次々と相手をなぎ倒している。
 対戦選手は命の危険さえ感じて、試合を途中棄権した。あんなパンチは女子にはありえないと、ケリフの出場に涙の抗議をしたらしい。(注)

 今回のパリ五輪は、その先進性が裏目に出ている。
 SDGsの環境配慮で、選手村にエアコンはない。食事は肉抜きのベジタリアン食で、怒り沸騰の選手たちは暴動寸前らしい。
 こっちの方は人権配慮だ。本人の性自認に配慮するあまり、認定基準が緩すぎる。そこにつけこまれて、「オトコオンナ」どもに、いいように荒らし回られているわけだ。

     *

 識者たちは頭を悩ませいてる。
 男女の線引きは、どこにすべきか。
 本人の申告なのか。外形で判断するのか。
 染色体検査なのか。はたまた、テストステロン(=男性ホルモン)の量を調べるのか。――

 でも自分に言わせれば、馬鹿だと思う。そんな線引きなんて、全然必要ないのにね。
 この問題にはもっと単純明快な、唯一無二の解決策がある。
 男女別の競技設定を、やめればいいのである。
 男も女もLGBTも、みんな同じ土俵で対戦し、メダルを競い合う。本当の「人類で一番」を決める。
 そうなれば、当然のことながら性別疑惑なんて、一瞬でなくなってしまう。

 ボクシングで言うなら、男と女が殴り合う。――
 そんなことをしたら、体力で劣る女は、誰もメダルが取れなくなってしまう。それ以前に、そもそもオリンピックに選ばれなくなる。けしからん、と言うかもしれない。
 だが一体、どこが問題なのか? 弱いんだから、それが当たり前のことだ。力のない者が五輪にしゃしゃり出て、金メダルをぶら下げている方が、よっぽどの不条理だろう。
 体力が、と言うのなら、男の中にだってひ弱なやつはいくらでもいる。生まれつき体格に恵まれない。いくら努力しても、筋力がつかない。オリンピックに出られない。そんなことは少しも、珍しいことではない。
 それなのになんで、女の場合だけ特別に配慮され、優遇されなくてはいけないのか。

 人をその属性で、ラベル分けをしてはならない。ジェンダーレスだ。――とか言いながら、都合のいいときだけ「女」を持ち出す。男女二元論を振りかざして、保護を求める。
 世の中のそんな二重基準の風潮が、いつまでもこんな馬鹿げた男女別競技を、生きながらえさせているわけだ。

     *

 もちろん女性は人口の半分を占める、いわば多数派である。
 彼らに活躍の場がないのは、スポーツ振興の観点では、いかにも問題がある。オリンピックも見向きもされなくなる。 

 そんな心配をするのなら、もちろん女子だけの競技枠を、残すのはかまわない。
 だがそれはあくまで本競技とは別の、マイナーリーグとしてである。客寄せとは言わないまでも、エキシビションの位置づけだ。
 メダルの色も変えた方がいい。マスコミの扱いも、それなりのものにとどめる。 とりわけ国から受ける金(報奨金)は、本競技の10分の1くらいにする。
 そうすれば、金のためにわざわざ性別をちょろまかすような、不届き者はいなくなる。

 お手本とするべきはわが国の、囲碁・将棋である。
 あそこでは本リーグは、性別不問の混合戦だ。
 女流棋士戦も存在するが、あくまで添え物の扱いである。賞金はたぶん三分の一程度、女流名人になったってマスコミの扱いは、新聞の片隅に載る程度だ。
 それでも女流棋士は誰一人、差別だなどと文句は言わない。
 不満があれば、男女混合の本リーグの方に参入して、どんどん勝てばいいだけのことだから。
 それができないことを――男性棋士に交じっては太刀打できない実力差を、謙虚に受け止めているのだ……

     *

 もちろんこんな賢者の提言に、IOCはけっして耳を貸さない。
 それはそうだろう。
 オリンピックの本質は、ただの金儲けである。競技の放送枠をIOCがテレビ局に売って、ビジネスとしている。

 それなのにもし男女別設定を廃止したら、単純に考えて、競技数は半分になってしまう。
 女子競技は残ったとしたも、エキシビション扱いでは大した視聴率は稼げないだろう。
 それではオレたちの商売に差し障る。――

 というわけで、正義も正論も知ったこっちゃない。何かもっともらしい理屈でもこねながら、意味不明な性別競技の枠組みに、これからもずっとしがみつき続けるにちがいないのだ。……

     *

<追記>

 上記投稿は最近の話題に便乗してみただけで、自分がことさらミソジニスト(性差別主義者)なわけではない。
「男女別」よりもさらに我慢ならないのは、むしろ「体重別競技」である。

 こちらこそもっと露骨に、弱いやつらにも出番を与える目的で、創設されたシステムである。
 ひょろひょろのフライ級の選手が、金メダルをぶら下げる。
 オリンピックだけではない。プロボクシングでは、チャンピョンベルトを巻いてふんぞり返る。

 選手たちは。少しでも弱い相手と戦いたくて、必死に減量にはげむ。――その姿たるや、見苦しい以外の何物でもない。
 詳しくは、以下過去投稿を参照。

体重別競技なんてクソくらえだ
何人いんの? ボクシング世界チャンピオン
 卑怯なり、 矢吹丈

コメント

タイトルとURLをコピーしました