「都知事選ポスター問題」の誰も指摘しない意外な盲点

 東京都知事選の、ポスター問題が話題になっているね。
 大量立候補で確保した掲示板枠を、売買しているだの。エロポスターを貼っただの。(注)
「けしからん」とわめく者もいる。法律でいかに規制すべきか、議論する「識者」もいる。

 だがみんな、肝心なことを見落としてないか?
 選挙用ポスターなんて、本当に必要なのか。その逆に、廃止にするべきではないのか。

 候補者の顔で投票先を決めるのは、ルッキズムだ。人柄を見るとか言うけれど、どうせベストショットの修正写真だ。お見合い写真を信じて結婚して、後悔しているやつはいくらでもいる。
 政策らしきスローガンも書いてはあるが、あの程度のスペースでは、どうしてもワンフレーズポリティクス(注)になってしまう。

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 選挙運動は――ひいては政治家の主張は、すべて言論によるべきだ。弁舌と文書による。

 選管のような公的機関が、そのためのプラットフォーム(広報や政見放送)を、今よりもずっと充実した形で用意する。
 それ以外の政治活動は、すべて禁止とする。

 掲示板だけではない。
 ビラの配布も。選挙カーの連呼も。電話掛けも。
 全部無意味で、邪道で、有害な政治の歪曲に他ならない。

 ついでに言うなら、街頭演説も有害だ。
 有権者に直接語り掛けると言うけれど、熱弁で心を動かすのは詐欺師の手法だ。インチキ健康食品の、立ち合い販売みたいなものだ。
 国民の冷静な判断を仰ぐなら、淡々とした政策解説の方がはるかに望ましいのだ。

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 自民党の政治資金問題で、国会が揺れている。
 彼らの言い訳はいつでも「政治には金がかかる」だ。

 確かに「あれ」が選挙だというのなら、政治には金がかかる。
 だがあれは、選挙ではない。少なくともあるべき選挙ではない。

 政治はすべて言論で行う。その費用はおおやけがまかなう。
 それ以外の政治活動は、すべて禁止とする。
 そうすれば政治には、一文も金はかからない。
 かけてはいけないのである。

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――と、かつてある賢者が述べた(参考過去投稿)のだが、悲しいことにその弁舌には、誰一人耳を傾けない。……

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