男だって本当は個室で用を足したい

 先日朝日新聞が、またしても「女子トイレ便器数問題」を蒸し返していた。

 この件について、過去投稿の要旨をまとめておこう。

オバちゃん「女子トイレの前ばかりに、順番待ちの行列ができるのは、便器数が男子よりも少ないからだ。けしからん、女性差別である」

オレ「女子トイレは、全部を個室にして面積を取るから、結果として数が少なくなっているだけだ」

オバちゃん「女性は身体的に、立って用を足すことはできないから、個室は必要悪だ」

オレ「座って用を足すのに、個室は必要ない。男子の小便器と同じものを着座式にして、みんなで尻を並べて済ませればいいだけの話である」「なんならこのオレが、ここで実演して見せましょうか(笑)」

オバちゃん「…………」

     *

 というように、完璧に論破されたオバちゃんはもはやぐうの音も出ない、……はずだった。

 だが残念ながら、実際には世の中の誰一人、このブログなど読んではいない。
 そうこうするうちに、ますます女子トイレ改良の声が大きくなり、もはやヤツらの言い分がこのまま通ってしまいそうな勢いだ。
 実際いくつかのイベント会場では、女子トイレの面積を広く取った「先進的な」トイレが、設置され始めているらしい。

 だとしたら、やんぬるかな。もはや反論はすまい。百歩譲って、女子トイレの拡張は認めるとしよう。
 だがしかし、その先に自分は問いたい。
 もしそうだとしたら、男子トイレもまた面積を拡張して、全面的に個室化すべきではないのですか?

 それはそうだろう。
 女たちが個室で優雅に用を足しているときに、なんで男だけが家畜みたいに、狭隘な仕切りの中に詰め込まれなくてはならないのか。
 男女平等の原則は、どうなってしまったんだ。男たちの人権はどうなるんだ?

 忘れてはならない。
 男だって何も好き好んで、小便器を用いているわけではない。本当はゆっくりと、個室でくつろぎたいのだ。
 だが個室の数の不足のために、あるいは個室が空いていたとしても、「男は立小便」という刷り込みに呪縛されて。
 隣から性器を覗かれる恐怖に怯えながら、今日もまたそそくさと放尿を済ませるのだ(笑)――

     *

 女が座って用を足すのに、個室は必要ない。――この明快な、物理学的指摘を突き付けられて、オバちゃんはぐうの音も出ない。

 だがそこでも彼らは開き直るのだ。
 でも女には、羞恥というものがあります。仕切り板一枚を隔てて、尻を並べるような破廉恥には、到底耐えることができませんと。

 だがしかし、彼らは気づいていない。
 男と違って女には恥じらいがある――そんな考え方そのものが、ジェンダー・バイアスなのだ。
 女が男の囲い者であったあのころ。男のうしろで恥ずかしそうに頬を染めて、うつむいていた古い時代に形作られた、ステレオタイプの女性観にすぎない。

 フェミニストなら、何よりもまず打破しなければならないそんな偏見を、そのままに放置して。そこに強引に、男女平等の原則を当てはめようとする。
 だからトイレの便器数などという、愚にもつかない議論が起こる。

 自分たちの論理の破綻と矛盾に、少しも思い至らない。
 だから女はバカなんだ、と言われないように。オバちゃんたちにはぜひ、その言動に細心の注意を払ってもらいたいものである(笑)――

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