科学的ドーピングによって新しい人類を作る

 ついにドーピングOKの国際スポーツ大会「エンハンスト・ゲームズ」が創設された。(注)
 第一回大会は、2026年に米ネバダ州ラスベガスで開催される。
 運動能力向上薬の使用を解禁した疑似五輪である。

 IOC系列の世界反ドーピング機関(WADA)は、当然のことながら激しい非難を浴びせている。(注)
 選手の命と健康を危険にさらすような大会は非倫理的であり、到底容認できるものではないと。
 毎度のことながら、まるっきり的外れな批判である。

 だってそうだろう。 
 金メダルは汗と涙の結晶だ。血反吐を吐きながら、死ぬほど練習して初めて勝ち得るものだ。――そんなスポ根物語の筋書を、IOCだってこれまで利用して商売をしてきたはずだ。
 だとしたら薬物で命を削って、栄光を目指したとしても。それが本人の自覚に基づいたものであるかぎり、非難には当たらない。むしろ涙ぐましい美談のはずじゃあないのか(笑)

     *

 ドーピングの本当の問題点は、全然そんなことではない。
 もしそれを悪として排除したいなら、唯一、以下の論拠によるしかない。
――もし薬物を用いて、人工的に身体を改良したならば。その結果叩き出された記録は、はたして真にホモサピエンスの記録と呼びうるのか?……

 手術で踵にジェットエンジンを組み込めば、百米プールは一秒で泳ぎ切るだろう。AIのチップか何かを脳に移植すれば、囲碁大会は全戦全勝だ。
 だが彼らはもはや、天然自然の人間ではない。その戦績はわれわれ人類の成し遂げたものとは違う。
 だとしたら、化学物質によって改良されたドーピングのアスリートたちも、また同じなのだ。

 もちろんそんな、サイボーグ同士の競技会にも興味はある。見てはみたいと思う。
 だがそれはあくまで高性能の新技術の――新製品の展示会だ。生身の人間の切磋琢磨の大会とは、別枠で行われるべき性質のものだろう。

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 それにしてもなんで、西洋人はこんなにドーピングが好きなんだろう。(今回の大会の主催者はオーストラリア人。ドナルド・トランプの息子が後援)
 日本人アスリートが、薬物に手を出す話はあまり聞かない。だがあちらの方では、同様の話は枚挙にいとまがない。
 全体主義国家の連中が、国威発揚のために強いられた、というのならわかる。だが実際には自由の国のアメリカでも、みんな自ら率先してクスリを選んでいる。

 そこにはきっと東西の世界観の――とりわけ科学観の違いがある。
 西洋人にとっては、まず頂点に神がある。霊的世界がある。
 それと対極をなすのが物質世界だ。それはすなわち「自然」であり、獣的世界でもある。

 人間はその中間に位置する。その肉体は獣的世界に、精神は上位の霊的世界に属する。
 科学はもちろん知性の――精神の範疇にある。だから科学によって自然状態を克服し、より神のいます高みを目指そうとする。それが彼らのたえず思い描くイメージなのだ。

 あいつらが夢中になるドーピングもまた、この文脈で捉えることができる。
 それは単に、「ズルをして勝つ」ということではない。実際「エンハンスト・ゲームズ」は、こんな理念を高らかに謳っている。

医薬的処置により、最終的にはアスリートのみならず普通の人間も enhance(高める、進化させる)する。その結果、現在の私たちホモサピエンスとは違う次元の、まったく新しい人類が誕生する。……

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 一方日本人は、人間は自然の一部であると考える。
 神はあったとしても、それは八百万(やおろず)の神であり、あくまでも自然と同じ側にある。

 自然の姿に、反するようなことはしたくない。もしそんなことをすれば、その先には何かおそろしい報いが待ち受けていると感じる。

 だから日本人は、通例ドーピングには手を染めない。
 欧米人の科学狂信を目の当たりにすると、ただただ呆れ果ててしまう。

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 この点に関連して、自分はかつて「かくも不思議なアメリカ人の科学観」という雑文を書いたことがある。
 その概要は次回に紹介したい。――

(話は次回に続く)


 

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