大学受験の専門用語で「MARCH」という言葉がある。
明治・青山・立教・中央・法政の頭文字を取ったもので、だいたい難易度が同じだから、一括りに呼んでいるのである。
ちょっと前に「MARCHに人権はない」という発言をしたとかで、ヤフーニュースに取り上げられた女子がいる(注)。
どうやら学歴差別をネタにした、ウケ狙いの炎上商法らしい。
そう言う当の本人は、早稲田大学卒業である。
だがよく見ると、新卒の彼女はたった3か月の間に、すでに2回も会社(大手企業+ベンチャー企業)を辞めているようなのだ。現在はニート状態だという。(注)
あきれるというか、逆になんか尊敬してしまう。なかなかできるこっちゃない。
自分も遠い昔、最初の仕事を1年で辞めたことがあるが、ちゃんと年度終わりまで待った。そのうえ次の仕事をしっかり確保したあとの万全の移籍で、1日たりとも無職の期間はなかった。
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なかなかの大物やのう、と思う。
だが逆に、女だからできることだ、とも言えるんじゃないかな。
つまりは本人たちも気づかない心の奥で、彼らはきっとこう感じているのだ。いざとなったら、お嫁に行けばいい。万一食いっぱぐれたら、体を売ればいい(笑)――
もちろんそれは、あまりに旧時代な感覚だ。
女が差別され、虐げられ、隷属した過去の社会の、遺物であるにちがいない。
だが今のこの時代にさえ、女たちの集合意識の底には、そんな気分が滓のように残っていて。その無自覚の開き直りが、彼らにあんな自由で、大胆な選択を可能にしているのだ。
素直に、うらやましいと思う。
その逆にいまだに「大黒柱」の意識に縛られて、「社畜」として生きることを強いられる男たちには、正直つらいものがある。
――何が「うらやましい」よ。差別された女の苦しみがわからないの?
と、例によってフェミニストのオバちゃんたちが噛みついてくるだろう。
だが現にあの若い女の子たちは、そんな差別らしきものを逆手に取って強味に変えて、たくましく生きている。
本人たちがそれで、幸せだと感じているとすれば、何の問題もない。
赤の他人が勝手に、「べきだ」論を押し付けるのは違うと思う。
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そういえば最近の若い女の子の間では、また専業主婦願望が増えているらしい。
30年前のオバちゃんたちの世代は、私たちも男と伍して働かなきゃ、と突っ張っていた。
だが今の娘たちは、むしろ男女平等なんてどこ吹く風だ。
心身をすりへらして、会社の歯車になるなんてまっぴらごめんだ。のんびり専業主婦でもやりながら、豊かな自己実現をめざす方がいい。――そんなふうに考えているようだ。
こんなことを書くと、また噛みつくヤツがいる。家事労働をナメてる。ワンオペ育児の大変さがわかっていない、などとワメきだす。
だが、ちょっと待てよ。
遠い昔、冷蔵庫も洗濯機もガスコンロも、水道さえもなかった時代に。お母さんたちは、子供10人の大家族を切り盛りしていた。それが専業主婦だ。
文明の利器に囲まれた今の時代になって、一人二人の子供を育てるだけなのに、その労苦が「全然楽になっていない」というのは理屈に合わない。
いや、たとえそうではないとしても。主婦業が今もなお相変わらず、過酷な奴隷労働にすぎないとしても。
結婚前のあの娘たちに、そんなことがわかるはずもない。
彼らが専業主婦にあこがれて、とっとと会社をトンズラしたとしても、ちっとも不自然ではない。非難になど値しない。
嫉みがましいフェミニストの、カミツキガメのオバちゃんたちに、そんな他人の生き方にまで口を出す権利はないと思うんだよ(笑)――
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<追記>
ツイッターによれば、例の女の子、9月に入って婚約したらしい。
何と、相手は中卒だって。
――MARCHに人権はなくても旦那にはなれます(22歳・無職人妻)
とか言って、さっそく自分の人生をネタにしていた(笑)
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