政治家には独特の話法がある。
おおむねは、責任回避を旨とする。
のらりくらりと、はぐらかす。難渋な古風な語彙を用いることで、煙に巻く。目先をくらます。
思い切り婉曲な言い回しで、保身を図る。……
「前向きに検討します」は、とりあえず何もできないときの弁である。「善処します」とも言う。
責任問題を追及された大臣は、「解決に当たることで、大臣としての責務をまっとうする」とのたまう。やましさなんて感じていないから、辞任するつもりは毛頭ない、の意である。
*
きわめつきは稲田朋美だ。
防衛大臣在任中、東京で都議会議員選挙があった。自民党候補の応援演説に立った稲田は、「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言した。(注)
国家の機関である防衛省・自衛隊が、特定の候補への投票を依頼するというのは、もちろん道理に合わない。
この点を追及された稲田は、辞任を否定しながら(後に別問題で辞任)、こう言いなしたのだ。
――誤解を招いたとすれば謝りたい。……
なんというすさまじい、韜晦話法だろう。
分析してみればこうだ。
「誤解」――追及されているようなことがらは、あくまでそちらの取り違いであって、こちらの真意ではない。……
野党も指摘したように「自衛隊としても(投票を)お願いしたい」という表現には、誤解の余地なんて微塵もない、小学生でもわかる日本語だというのに 何という面の皮の厚さだろう。
それだけでも呆れるのに、さらに輪をかける
「招いたとすれば」――「とすれば」はあくまで仮定表現である。その発言によって実際に混乱を招いている事実さえ、真正面からは認めてはいない。
さらには「謝りたい」――「たい」はあくまで希望であって、現実の出来事ではない。つまりは目の前で今行われている会見は、けっして謝罪会見ではない、と開き直っているのだ。
*
何と三段階の仕掛けではぐらかし、居直っている。
ご不快を招いたので謝ります、とけっして素直には言わないわけだ。
よくぞここまで作り込んだものだと、感心してしまう。感動的ですらある。
倫理的な判断を別にすれば 名文だと思う。目くらまし話法の、傑作と言ってもいい。
弱みにつけ込まれないように、たえず強気のポーズを取り続ける。
「非」は認めなければ非とはならないという、安倍政権以来流行の政治家答弁の手法を、しっかりと踏襲しているわけだ。……
コメント