あくまでも仮定の話である。
「大衆のための政党である参政党がなぜ嫌われるのか」――例えばそんなタイトルの投稿をネットで目にしたとしたら、有権者はどんな反応をするだろうか。
実際の投稿の内容は読まない。タイトルだけをチラ見した場合の、心理的影響である。
実はこの文言には政治的プロパガンダの――人心操縦の、もっとも巧妙なテクニックが隠れているのだ。
*
もしこれが「参政党は大衆のための政党である」だったら。
見た人は、本当にそうなのかしら? と疑問を抱く。あらためて公約を調べ直す。それでたちまち嘘がバレてしまう(笑)
「Aである」と命題の形で主張すれば、当然議論の俎上に載る。だから反論の余地も生まれるわけだ。
そこで「大衆のための政党である参政党がなぜ……」と言い換える。
ここでは毀誉褒貶が、主張の形式を取っていない。「大衆のための政党である参政党」と、あらかじめ全部、主語の部分に組み込まれてしまっている。
いわば証明不要の公理として。すべての検討に先立つ、所与の前提として。
そんな言語の論理に、有権者は惑わされる。記事のヘッドラインを見ただけで、無意識のうちにこう刷り込まれる。
ああ、参政党って大衆のために尽くしているんだ。それがもう疑いをはさむ者もない、世の中の常識になっているらしい。
自分だけがいままで、それを知らずにきた――と、いつのまにか見事なまでに洗脳されてしまうわけだ。……
*
「大衆のための政党である参政党がなぜ嫌われるのか」――また後半部のセリフがふるっている。
これが「なぜ支持されるのか」だったら、たちまち嘘くさい、プロパガンダの匂いがしてくる。
だから「……なぜ嫌われるのか」と、まるで迫害を原因を探るような文体を取る。
するとここでも言語の論理が、聞く人の潜在意識に働きかける。
大衆のために働いているのに、嫌われているのは理不尽だ。かわいそうじゃあないか。
世の中の人々はみんな間違っている。それなら自分だけは、しっかり党を支えてあげなければ――という気持ちに誘導されてしまうのだ。
そうやって大衆の心を操る。いいように手玉に取る。
それが舌先三寸で生きてきた、政治屋たちの常套の手口なのだ。――
*
「手玉に取る」と言えば、水商売の女たちも双璧である。
客の男をおだてに乗せて、せっせと通わせる。
彼らの最大の殺し文句は何か?
「イケメンだよね」は×である。
男だって毎日、鏡くらいは見ている。自分の顔面レベルがどのくらいかは、ちゃんとわきまえているものだ。
へたをすると、見え透いたお世辞を言いやがって、とかえって煙たがられる。
正解はこれだ。
「こんなところで遊んでいたら、カノジョに叱られるわよ」
――ここでもまた、彼女の有無を問いかけてはいない。恋人がいることが、すでに自明の既定事項として、文中に組み込まれている。
実際には風俗の客に、彼女なんていない。どうせオレなんてモテないよ、といつも卑下していた。
それなのに今、目の前の女の言葉の中で、自分に恋人がいることが当然の公理として扱われている。
そうだったんだ! 本当は自分は、世間の目にはそう映っているんだ。
彼女がいるのが当たり前であるような、レベルの高い男だったんだ――と急に嬉しくなる。失われていた自尊心さえ取り戻す。
かくしてすっかり舞い上がった男は、その日からまたホイホイと、くだんの女に通い詰めることとなるのだ(笑)
*
風俗嬢も政治家も、やることは一緒である。
人間心理の襞の裏まで知り尽くして、言葉巧みに罠にはめる。手練手管が駆使される。
女遊びなんて一切しない、聖人君子な方々も。選挙で投票先を決めるときには、ぜひとも覚えておいてほしい教訓である(笑)――
<煽動者たちの話法>「大衆のための政党である〇〇党はどうして……」
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