山尾志桜里があえなく落選したね。
訴えている政策は本当は立派なものなんだけど、そんなことでは赦してもらえない。(注)
それはかつて過去投稿に書いた通りだ。豊田真由子や舛添要一の場合と、まったく同じ原理なんだ。
(参考:大衆は大きな嘘にだまされる(1)(2))
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「大衆は大きな罪はたちまち赦してしまうが、小さな罪は永遠に赦さない」
たとえば収賄で逮捕された議員が、やがて「みそぎ」がすんだと、当選して返り咲く。
億単位のわいろなんて、金額が大きすぎて、小市民の想像力ではついていけない。
理解できないような大きな罪は、記憶に留めておくことはできない。だから時が経てば、やがて忘れてしまう。
だが不倫やら、数万円単位のちょろまかしはそうではない。
自分もときどきやりたくなる。まわりにもやっている人がいる。――わが身に引き比べて、十分類推可能なそんな小さな罪を、大衆は永遠に赦しはしないのだ。
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「巨悪」は叩きたくても、よくわからないから叩けない。
だがあそこに実にちっぽけな、ズルをしているヤツがいる。上流国民が自分たちにもわかりやすく、いい気になっている。
そのことが最大の罪なのだ。
そんな姿を見たら、みんなで叩きに叩いて、引きずりおろさずにはいられない。
復活なんてありえない。
それはそうだろう。何しろ下級国民ときたら、みんなとっくに 「人生終了」している連中だ。
山尾志桜里も自分たちと同じように――ときには自分たち以上に、人生終了してもらわなくては、溜飲が下がらないわけだ。……
<人生終了、山尾志桜里>「叩き」は永遠に終わらない
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