風俗の世界に「二輪車」と呼ばれるプレイがある。
一人の男性客に、二人の女の子が同時に付いてサービスを行う。
二つの車輪の上に、一つの車体が載っているから二輪車だ、という命名だろう。
だが二輪車と聞いて、チャリンコをイメージしてはならない。そういう安物の乗り物ではない(笑)
女の子二人を確保するわけだから、料金は当然二倍になる。
あくまで金持ちだけの道楽であって、貧乏人が安直に手を出せるものではない。チャリンコよりはロールスロイスに近い(笑)
一つの部屋で2倍の売り上げが入るから、店もしきりにこれを勧める。
金のありそうな客を見ると、
「女の子をもう一人つけて、二輪車にされたらいかかでしょうか?」
とすかさず声を掛ける。
いかにも貧乏たらしい、風采の上がらない客には、店も初めから言い寄らない。見た目で判断する。
その判断が、たいていは当たっているのがくやしい(笑)
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わざわざ二倍の金を払ってまで、そんなことをして何がおもしろいんだ? どんな意味があるんだ、と不思議に思うだろう。
だが金持ちたちの気持ちは、たぶん違う。
「大名遊び」という言葉があるだろう。たいして意味のないことに、そうしてわざわざ散財することに意味がある(笑)
別に惜しくなんかない。札束なんて掃いて捨てるほどあるんだよ――と、そうして自分が金持ちであることを確かめることで、きっと虚栄心を満足させているのだ。
時代劇によく、こんなシーンがある。
芸者を揚げたお座敷で、小判をばらまいて女たちに拾わせる。まるで犬がエサを拾うように、金に群がるその姿を見て悦に入る。
そうして自分の財力に有象無象を屈服させるのが、きっと楽しくてしょうがないのだ。
二輪車なんていうのも、要するにそういう性質のものだと思う。
*
女の子にサービスされたいタイプの客なら、二輪もいいかもしれない。
二人から同時に攻められれば、きっと快感も二倍になるのだろう。
だが「攻め派」には、けっしておススメできない。
「一人の女をみっちり」というのが「攻め」の醍醐味であって、二人を一気になんてことは、千手観音でもないかぎりできる芸当ではない(笑)
そういう客はたとえ金が余っていても、二輪には手を出さない。
ただの風俗女を、たとえ二人並べたって、かえって邪魔くさいだけだろう。
まあ、実際にやったことはないので、あくまで想像で物を言っているだけなのだが。――
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ただの風俗女をたとえ二人並べたって、――たがしかし、その二人が互いに赤の他人ではなく、何らかの縁(えにし)のあるペアならまた別である。
〇〇同士、△△同士みたいな組み合わせなら、がぜん興味がわく。
たとえば二人が、レズビアンのカップルだったらおもしろい。
本当は男ぎらいの彼らを、無理やり組み敷く。
「お姉さんお許しを」と涙ぐむ若い女を、手籠めにする趣向である。
あるいはたとえば、「双子二輪」なんていうのも考えられる。
もちろん一卵性双生児の、二人を並べていたす。
身体的には互いにコピーなわけだから、きっとあそこの味は同じなんだろう。だが「ヨガりかた」の方はどうか。
そっちは遺伝よりも後天的要素が強く、明確な差異が出るのだろうか?――なんていう学問的関心も湧いてくる(笑)
マナカナ(注)という双子タレントがいる。
今ではもうすっかり大人の女性だが、高校生くらいまでは愛嬌たっぷりのかわいらしさで、テレビでも引っ張りだこだった。
あの二人をベッドで、裸で並べてみたらどうだろう――とあらぬ想像をして、鼻の下を伸ばすことも、ごくまれになかったわけではない(笑)
*この先は不快な表現が含まれていますのでご注意ください
絶対に実現不可能なのが、「皇〇二輪」だ。
○○さま、△△さまと呼ばれるような、やんごとなき姉妹を相手にする。
育ちのよろしい方々だから、下々(しもじも)の小娘のようにアンアン言ったりはしない。まかりまちがっても、「イク~」なんて口走ることはない。
――大きゅうございます。マコはまもなく参ります。……
みたいに、あくまで鷹揚なおっしゃり方をするのではないか。
と、ここでもいけない想像をしながら ニヤついていたりするわけだ。――
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