パリ五輪のスケートボードで、吉沢恋が金メダルを取った。
こういうニュースが流れると、「まだ14歳なんだ」「若いのにすごい」という声が上がる。
もっと大きくなって、経験も積めば、どんなにすごい選手に育つことだろう。末頼もしいことだ。――だがもちろんそんな反応は、競技に対する理解がまったく間違っている。
スケートボードの世界では、「若いのに」メダルを取るのではない。「若いから」メダルが取れるのだ。
ぴょんぴょんと宙を飛び回る、軽業のような種目では、体重が軽く体がしなやかな低年齢の方が、圧倒的に有利である。
前回の東京五輪で、同じくスケートボードの西矢椛が13歳で金メダルを取った。
かつてフィギュアスケートの浅田真央は、14歳でトリプルアクセルを飛びまくって世界を驚かせた。だがその後年齢が上がるとともに、ジャンプに苦しみ続けた姿は記憶に新しい。
スケートボードだって同じことだ。
14歳の吉沢恋がすごいのではない。もう25歳の高齢者でありながら、金メダルを取った堀米雄斗の方が、はるかに賞賛に値する事件なのだ(笑)
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いわば「角兵衛獅子問題」とでも言うべきものも、そこから生じる。
角兵衛獅子(かくべいじし)注とは、児童(7~15歳)が軽業を披露して投銭を得る、江戸期以来の大道芸である。
明治以降は、これが児童虐待に当たると批判されて、次第に下火になった。
貧乏人の子供を「親方」が買い取って駆り集める。学校にも通わせず、サーカスの動物さながらに、鞭をふるって無理やり芸を仕込む。
大人の金儲けのために、子供時代の健やかな幸福が、犠牲にされているのだ。
オリンピックのスケートボードだって、そうかもしれない。
金メダル欲しさに大人が――親ばかりか、ときには国家が子供たちに無理強いする。
否。いかなる強制も伴なわず、選手自らが進んで練習している場合だって、問題は変わらない。
成長期の子供の、心身の発達が歪められる。
本来はそれぞれの小学校・中学校で、しっかりお勉強を教わっていなくてはいけない年齢で、何を不良のお遊びにうつつを抜かしているんだ――と、昔なら親や教師にどやしつけられた。
それなのに今では、オリンピックという錦の御旗があるから、𠮟るに叱れない(笑)
この問題を回避するために、オリンピックは競技団体ごとに、年齢制限を設けている。
フィギュアスケートは、かつて「15歳以上」が条件だった(現在は17歳以上)。この規定に引っかかって、金メダル確実と言われていた全盛期の(笑)浅田真央は、オリンピックに出場できなかった。
ところがスケートボードは、なぜか年齢制限を設けていない。
結果、メダリストは中学生ばかりがズラリと並ぶ。
メダルこそならなかったが、中国勢では鄭好好という、11歳の選手が出場したのも話題になった。
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そもそもスケートボードは、前回の東京五輪で、新規採用された競技である。
採用の理由はただ一つ。
IOCが若い世代に媚びるためである。
何度も言うように、オリンピックの本質は、IOCの金儲けにある。巨大ビジネスとして五輪を運営することで、幹部たちの懐に巨万の富がもたらされているのだ。
ところが最近の市場調査によれば、どうやら10代の若者は、以前ほどオリンピックに関心がないらしい。
これではいけない。このままでは早晩、オリンピック中継の視聴率が下がり、自分たちの商売に差し支える。
というので、あわてて若者向けの新競技を導入した。
10代の子供たちが興味を持ちそうな――子供しかやらない、子供がメダルを独占できる競技として、前回はスケートボードに白羽の矢が立った。
今回のパリ五輪の「ブレイキン」も同じである。
メダルが若者ばかりになったのも、当たり前だ。そもそもそのために、でっち上げた種目なんだから。――
「やらせ」「出来レース」という言葉は皮肉にすぎるとして、 IOCの意向が十分に反映された、満足のいく結果だったのは言うまでもない。
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メダルを取らせるために新設された――同じような議論を、かつてした覚えがある。
2000年のシドニー五輪で、金メダルを取ったマラソンの高橋尚子が、同年国民栄誉賞を受賞した。
そのとき一部で、疑問の声が上がった。柔道の田村亮子は、どうして貰えないのか?
同じ金メダルだし、ぽっと出の高橋とは違い、過去の実績も十二分だ。そのうえすでに、小学生の時代から「ヤワラちゃん」の愛称で親しまれ、人気を博していたからだ。
だがもちろん、それは違う。
柔道は日本発祥のスポーツだ。一つ前の東京五輪(1964)で正式種目に新規採用されたのは、もちろん開催国日本に花を持たせる――メダルを取らせるためである。
その後世界で普及を見たとはいえ、義務教育で柔道を教えるわが国とは、比ぶべくもない。
日本人が金メダルを取るのは当たり前で、実際シドニーでも田村を含めて、4人の金メダルがいた。
田村に国民栄誉賞なら、他の3人にも大盤振る舞いしなくてはいけない。
一方、高橋の金メダルは、陸上競技では日本人初(戦後)だった。扱いが違うのは当たり前なのだ。
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メダルを取らせるために採用された競技なのだから、メダルを取るのは当たり前だ。――
「テコンドー」で韓国人が金メダルを取って、偉業だと称えられたら片腹痛いだろう。
それと同じように、柔道で日本人が金メダルを取るのも、いちいち驚くには値しない。
そしてまた、スケートボードで中学生が金メダルを取るのも。
もともとそういうふうに、仕組まれた結果でしかない。
むしろあの競技だけ年齢制限がないのも、そんなIOCの魂胆に忖度したのではないか、と勘ぐりたくなる。
――そういう世の中の裏の事情を、あまり考えずにコメントしたりすると、思わぬ失笑を買うことになるから注意されたい(笑)
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